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京都の近代と天皇 御所をめぐる伝統と革新の都市空間一八六八—一九五二 [著]伊藤之雄

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2010年11月21日

[ジャンル]歴史 政治

表紙画像

■親しまれ男女密会の場にも

 「次の天皇の即位は京都御所で行われます」。京都御苑の隣にある中学校の生徒だった私は、社会科の授業でそんな話を聞いたことがある。そのためか、即位の礼が皇居で行われたとき、少しだけ違和感を抱いたのを覚えている。その違和感の源泉は、本書を読むにつれ明確になっていった。京都御所は京都の近代化という問題と深くからみあっているというのだ。
 日本の近代化といえば、今までは東京が中心に論じられることが多かった。京都は天皇が去った後、都市としては衰退の一途をたどる「古い都」になったと思われたのである。しかし、近年は本書の著者をはじめとして、京都がめざした近代都市への道を天皇と関(かか)わらせて論じようとする研究がいくつか数えられるようになった。
 京都の近代化といえば、琵琶湖疎水や市内電車など、他地域に先駆けて新しい技術を導入したことばかりが言われるが、本書が興味深いのは、京都御所とそれを含む御苑の歴史を中心に置いた点だろう。
 東京へ移った後も明治天皇は数度にわたって京都御所に行き、それは以後も受け継がれた。ところが、天皇はずっと京都にいたため、東京から京都への行幸路が定められていなかったのである。そのため、京都市の街路の拡充などの都市計画が見直されてゆく。つまり、天皇の存在は京都という都市の近代化に不可欠であったということになるのである。
 また、「空き地」になってしまった京都御所の活用法についても議論がなされた。観光地として開放したり、総合運動公園という案が出たり、御所がさまざまな歴史をたどって今に至る様子が、詳細な歴史資料によって論じられるところは非常におもしろい。
 ことに私の興味を引いたのは、御所にはある時期まで誰でも気軽に入れ、しかも男女の密会の地としても使われていたという指摘である。こうした御所の「俗」な部分には思わず笑いがこぼれてしまった。人々が親しみをもって接した御所は、その姿を保って今もある。
 評・田中貴子(甲南大学教授・日本文学)
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 千倉書房・2730円/いとう・ゆきお 52年生まれ。京都大学教授(近現代日本政治外交史)。

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