書評・最新書評

蟻族―高学歴ワーキングプアたちの群れ [編]廉思 

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2010年11月14日

[ジャンル]経済 社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■苦境下の中国の若者たちの実態
 
 蟻族とは言い得て妙である。蟻は昆虫の中では並外れた知能をもち、そして群棲(ぐんせい)動物に属するというが、それをもじったこの語は正式には「大卒低所得群居集団」と言い、編者の廉思が名づけたそうだ。北京郊外の唐家嶺に住みついた大学新卒者たちは、大体は1980年代に生まれた、いわゆる「八〇後」と評される世代だが、彼らに共通しているのは大学教育を受けたにもかかわらず、現実にさしあたりは敗れた青年たちだ。
 蟻族とは大学卒業者、低所得・群集生活の三つの特徴があり、ごく自然に都市と農村の境界に集まって住みついたのだが、これは何も北京だけではなく、上海、広州、武漢、西安などにもあるのだという。唐家嶺には4、5万人が住んでいるというから、まったく新しい都市空間が生まれていることにもなる。
 編者の廉思は政治学者で彼自身も1980年生まれ。この集団を中国社会にどのように位置づけるか、自ら15人のスタッフを率いてその実態調査を行い、2009年にその報告をまとめて刊行してベストセラーになったという。蟻族の存在については、中国人民代表大会でも論議されたというから、中国社会の懸念要因なのかもしれない。
 蟻族の生の声やその生き方も具体的に紹介されている。将来は著名人になり伝記を書かれたい、「生きている限り上昇あるのみ」、理想主義者で現実を見ていない、ルームシェアで出身地の違いからくる亀裂、故郷への屈折した感情などあらゆるタイプの青年たちの像が示される。聞き手の側はさしあたり「八〇後」の成功者だから、その報告にひそむ微妙な心理や感情も読者は読みとく必要がある。
 邦訳も日本側はチームで行っている。原著のかなりの部分も割愛したという。訳者による本書を読む姿勢の一文、加々美光行氏の解説、日本社会との比較などもあり参考になる。本書を読む側の問題意識も試されるという意味になろう。その一方で、評者のように改革・開放経済と「労働市場」という社会主義体制の現実に関心をもつ読者もまた存在する。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
   *
 関根謙監訳、勉誠出版・2520円/リエン・スー 80年生まれ。対外経貿大学副教授(法政治学、法経済学)。

関連記事

ページトップへ戻る