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バウドリーノ 上・下 [著]ウンベルト・エーコ

[評者]奥泉光(作家)

[掲載]2010年11月14日

[ジャンル]歴史 文芸

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■驚異の旅の物語、虚構が魂に響く

 小説に描かれる世界や問題は多種多様であるけれど、個々の作品の枠を超えてジャンルが密(ひそ)かに持ち続けている主題が一つある。それは虚構の現実性、ないし現実の虚構性の主題である。虚構として作られたもの、つまりは嘘(うそ)が、実際に人を動かす力になり、また逆に、人間のリアルな現実がじつは虚構にすぎない——。この虚構と現実をめぐる謎に小説家はずっと関心を持ち続けてきたのであり、メタフィクションが一貫して書かれてきた理由がここにある。小説内の現実が実は一つの虚構なのだと、小説内部で明かす技法は、虚構の不思議をそのまま主題にしたものだといえるだろう。
 しかし虚構の不思議を主題化するもう一つの方向がある。それは、誰かが作りだした虚構が力を持ち、動かしがたい現実となっていく型の物語を編む方向である。多くの作家がこのアイロニカルな物語作りに手を染めてきたが、エーコこそ、これを最も魅力ある形で書いてきた作家といってよいだろう。彼の四番目の長編である本書を読めば、虚構の不思議にエーコという作家がいかに深く心を奪われているかが実感できる。
 物語は一二〇四年、第四回十字軍によって蹂躙(じゅうりん)されるコンスタンチノープルにはじまる。ビザンチン帝国の歴史家ニケタスは、神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ赤髭(あかひげ)王の養子であり従者であったバウドリーノという男に窮地を救われ、その返礼にバウドリーノの語る半生の物語を聴くことになる。バウドリーノは語学の天才であり、文芸に秀で、なによりも稀代(きだい)の嘘つきである。小説の前半は、イタリア諸都市との抗争を繰り広げるフリードリヒに従いながら成長して行くバウドリーノの姿が描かれるのだが、やがてバウドリーノは「司祭ヨハネの手紙」を捏造(ねつぞう)する。東方に司祭ヨハネの王国なる謎のキリスト教国が存在するという、中世西欧世界に流布する伝説を政治的に利用しようと目論(もくろ)んだのである。そして小説後半、バウドリーノは実際に司祭ヨハネの王国を目指すことになる。アイロニーの炸裂(さくれつ)である。
 それは東方世界への幻想が結晶化した驚異の旅であり、中世人の想像力が生み出した怪異を、ほとんどカタログのように網羅する作者の徹底性は素晴らしい。もちろん普通に考えれば、すべては一人の嘘つきが語った虚構にすぎないだろう。しかしそうと知りながら、私たちはバウドリーノの語りに、馬鹿馬鹿しいと片付けることのできない、切実なものを感じるだろう。丹念に編まれた虚構の重量が魂に響くのを覚えるとき、私たちはあらためて虚構の不思議を思わないわけにはいかないだろう。最後、自らが生んだ虚構を背負い、再び独り東方へ旅立つバウドリーノの姿は印象的だ。
 あと一つ、本書でもミステリーの趣向が凝らされている点をいっておこう。アルキメデスの鏡とか真空製造機といった器物のある城で起こる密室殺人とくれば、ミステリー好きはもう嬉(うれ)しくて仕方がないはずだ。
 評・奥泉光(作家・近畿大学教授)
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 堤康徳訳、岩波書店・上下各1995円/Umberto Eco 32年生まれ。イタリアの哲学者・作家。学術的著書に『記号論』『開かれた作品』『完全言語の探求』など。小説に『薔薇(ばら)の名前』『フーコーの振り子』『前日島』など。

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