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常識人の作法 [著]加藤秀俊 

[評者]江上剛(作家)

[掲載]2010年11月14日

[ジャンル]社会

表紙画像

■演出過剰社会で踊らされる人々

 痛快、愉快、爽快(そうかい)。本書を読むと、そんな言葉がすぐに浮かんでくる。第一章の「常識とはなにか」からズバズバとすごい見解が披露される。あえて談合を弁護するというのだ。日本の村落では昔から「だんこ」といって、話し合いで問題を解決していたと言う。アメリカ合衆国独立の指導者トマス・ペインの「コモン・センス」に話が及び、ついには「新聞休刊日」も談合していると断言し、談合を許さない社会は独裁国家、ファシズムだと、まあ、こんな具合だ。私なんか新聞社と仕事をしているから「新聞休刊日」が談合の結果だなんて、恐ろしくて想像するのも憚(はばか)られる。
 「科学と感性」の章では、気象庁の桜の開花宣言に反論する。外務省の桜が五分咲きなのを見て、加藤さんが友人に春だねと言うと、そこに居合わせた若い人が「開花宣言はまだですよ」と言う。加藤さんの個人的な春の感覚が、気象庁の標本木による「公式見解」に支配されていることに、これでもかと怒りまくる。春一番や木枯らし1号なども同じ。暖かくなれば春だし、おでんや熱燗(あつかん)が恋しくなれば冬でいいではないか。まことにごもっとも。
 さらに「演劇化する現代」ではテレビのグルメ番組でタレントが、必ず「オイシイー!」「マロヤカ」を連発するのを見て、こんなに絶品ばかりあるはずない、テレビはヤラセが日常化していると怒る。テレビのグルメ番組に出演したことがある私には耳に痛い話だ。しかし、加藤さんはグルメ番組を批判しているのではない。国会も株主総会も国連総会も、世界はヤラセばかりで、私たちは演出過剰な社会で脚本家や演出家の振り付けで演技者として踊らされているのだと警告する。
 私たちが常識だと思って気にもとめない多くのことが加藤さんから見れば、実は非常識極まりないことばかりだということに目を覚まされ、たたきのめされる。それがなんとも心地よい。加藤さんは高名な社会学者で、現在80歳。もはや怖いものなんかなんにもないんだろうな。ああ、うらやましい。
 評・江上剛(作家)
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 講談社・1680円/かとう・ひでとし 30年生まれ。中部大学学術顧問。『人生のくくり方』『隠居学』など。

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