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不完全なレンズで 回想と肖像 [著]ロベール・ドアノー

[評者]石川直樹(写真家・作家)

[掲載]2010年11月07日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■視線ひきつける写真家の反骨精神

 「創造者である以上に、観察者であること」。そう語ったのは他でもない、写真家ロベール・ドアノーである。流れゆく群衆の中で抱擁するカップルをやや低い視点から写した「パリ市庁舎前のキス」は、多くの人が一度は目にしたことがある写真だろう。印画紙ばかりでなく、何十万枚ものポストカードやポスターなどに刷られて世界中を駆けめぐった作品だが、ドアノーが知り合いの女優を使って撮影した演出写真であったことはあまりにも有名である。しかし、かの写真家をあの一点のみを通じて見ている人がいたとしたら、そこには大きな誤解がある。
 本書は、20世紀のパリを撮り続けたドアノーが語る自伝とも言うべき書物である。断片的かつ乱暴な感もある31話の集積は、文字通り「不完全な」自伝かもしれない。が、一方で読者は、彼の頑迷さや反骨精神を随所に感じ、その不完全さこそ彼の目指すところだったのかもしれないと気づかされる。
 昨年今年と続けてドアノーの仕事をまとめた大冊の写真集が岩波書店から刊行された。本書の言葉はあの写真群と拮抗(きっこう)する強さをもって私たちに迫ってくる。アジェへの言及、カルティエ・ブレッソンの思い出、写真批評家への皮肉、ピカソをはじめとする芸術家たちをそれぞれのアトリエで撮影したエピソードなどを読んでいると、見慣れた写真が別の深みを持ち始めるだろう。
 ドアノーによる肖像写真は、スタイリストに服をあてがわれスタジオに引っ張り出されて完璧(かんぺき)な照明のもとで撮られるような写真の対極に位置している。その多くが新聞や雑誌の仕事として撮られたものであるにもかかわらず、気取りのない被写体の表情を確実にとらえているのは、本質的なアウトサイダーとして生きる芸術家たちに共感をもって彼が接した証しといってもいい。「使命感はない。計画もない。目にするものにただ夢中になっていた」と呟(つぶや)く彼の不完全さは、それゆえにいつまでも私たちの視線を惹(ひ)きつけてやまない。
 評・石川直樹(写真家・作家)
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 堀江敏幸訳、月曜社・2310円/Robert Doisneau 1912〜94年。写真集『芸術家たちの肖像』。

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