書評・最新書評

夏目家順路 [著]朝倉かすみ 

[評者]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

[掲載]2010年11月07日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ふつうの男が生きた姿を多角的に

 彼は「どこにでもいる男」だ。しかし身内にとっては、かけがえのない人間。そういう当たり前だけど忘れちゃならないことを、照れず、おもねらず、斜に構えず、正攻法で書いた端正な小説である。葬儀にあたって人々が故人の像を多角度から浮かび上がらせるというスタイルも古典的。とはいえ端正というのは作品のフォームであって、登場人物はみんな少なからずはみ出した人々なのだ。
 序盤で、キヨさんこと夏目清茂(74歳)が急死する。ところが息子は誰に連絡すればいいのかろくにわからない。自分は父のことをどれほど知っていたのか。清茂は中卒で養父家を出てブリキ職人の道に入り、「心安い」と人に好かれて商売は繁盛。地元の「不登校」の子たちで作った野球チームの面倒もみた。彼が村田英雄を歌うと、スナックのママは「おへそが飛び出るくらい大泣きしたい衝動に駆られた」という。なぜなら、その歌に自分と同じ業を見るからだ。その昔、彼が妻を殺そうとしたことがあるからだ。どうも清茂の家は代々、女に去られる傾向があるらしい。
 異なる視点が重なり彼の生涯が徐々に見えてくるが、人々の「思い出」は時に食い違う。昔、養父の息子が清茂と遊んでいてどのように怪我(けが)をしたのか、真相は最後まで謎だ。あるいは清茂の息子にとって生活はわりと豊かであり、躾(しつけ)の厳しい母もいた。しかし養父家の視点で見れば、清茂は貧しく無教養な職人であり、団体職員になった独身の孫娘(43歳)の方が「勝ち組」なのだ。葬儀という非日常を迎えて露(あら)わになる真実もある。清茂の娘からその夫へ、父急逝の連絡が一晩遅れたのはなぜか。清茂を慕う年下の男は腹の底にどんなどす黒い思いを秘めているか。
 彼らは各々(おのおの)のやり方で故人の生涯を回顧するかに見えて、実は記憶の中に己を見つけ、自分を再構築しているのだ。他者の死に際して自分の「構成」が少し変わる。それが死者と生者の交わりである。そんな生々しい関(かか)わりを、作者は程よい情感と可笑(おか)しみで見事に捉(とら)えてみせた。
 評・鴻巣友季子(翻訳家)
    *
 文芸春秋・1575円/あさくら・かすみ 60年生まれ。作家。『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞。

関連記事

ページトップへ戻る