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梅棹忠夫、語る [著]梅棹忠夫 [聞き手]小山修三 

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2010年10月31日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■自前の目と足で、思想も「遊び」

 生前、今西錦司さんと対談した際、「あんたは学者と違うさかいに今日は遺言のつもりで何でもしゃべるでえ」と言って今西弁の放談が始まったが、本書を読みながら梅棹さんと今西さんがダブってならなかった。というのはこの書が出る前に梅棹さんが亡くなられたので、最後の言葉が現在の日本人に対する遺言に聞こえるのだった。だとすれば心して拝聴せなあかん。
 梅棹さんの底の抜け方は今西さん同様、尋常ではない。痛快の一言につきる。冒頭から全編、日本のインテリに対する批判が炸裂(さくれつ)する。「インテリというものはサムライの後継者」で「オレたちが知識人だ」と町人民衆をバカにしていると——。
 例えばこんな調子だ。「こんなあほらしいもん、ただのマルクスの亜流やないか、……何の独創性もない」と著名な学者の実名を挙げて痛烈にこき下ろす。他人の本を読んでいるだけでは独創性は認められない、独創は思いつきから生まれるもので、「悔しかったら思いついてみい」と、頭で学問をする人間への舌尖(ぜっせん)はとどまるところを知らない。
 学問からは思想は生まれないので自分の足で歩き、自分の目で見たものを自分の頭で考えた文章を書くべきで、他人の本を引用する文章家を「虚飾や」と一刀両断に切り捨てる。
 そして自分の人生を究極的に決定したのは「遊びや」と主張し、ついでに思想も遊びにしてしまう。このことはまさに芸術にも一脈通じ、人生の無目的性へと昇華していくが、こんな発想を裏づけるように自らを老荘の徒と呼び、無為、自然の道を重んじた老荘思想の実践者であった。
 未練も物欲も享楽に溺(おぼ)れることも捨てた「痛快なる無所有」者は齢(よわい)90という長命のせいではなく、元来がニヒリストで「明るいペシミスト」(本人弁)として、人類全体の一個体として消えていく存在と自覚しておられたようだ。かつて今西錦司さんをリーダーとして学術探検に出かけるなど、すべて自前の足と目で学んだ梅棹さんの人生観に触れてみたら如何(いかが)やろ。
 評・横尾忠則 美術家
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 日経プレミアシリーズ・893円/うめさお・ただお 1920〜2010。国立民族学博物館初代館長。

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