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熊―人類との「共存」の歴史 [著]ベルント・ブルンナー

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年10月31日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■思索誘う、隔たりとかかわりと
 
 「クマ襲撃」「大量出没」「クマ射殺される」……騒然とする日本の秋だが、熊との距離のとりかたがいまひとつ定まらない。
 獰猛(どうもう)な野獣なのか。愛らしいプーさん、テディベアなのか。保護すべき稀少(きしょう)動物なのか。しかし、その複雑な感情こそ人間と熊との特別な関係のあらわれだと本書は解きほぐす。
 熊に親しみながらも畏怖(いふ)し、守護精霊として崇(あが)めながらも敵に回し、狩猟する。ネイティブ・アメリカンには熊の子孫を名乗る種族がいたし、北欧にもイングランドにもいた。神話、歴史、伝説、宗教、文学、美術……さまざまな文化的側面から浮き彫りにされる熊は、これほどまで人間の想像力とふかい絆(きずな)を持つ存在なのだと驚かされる。
 読むうち、わたしはひとりの名前を想起した。アラスカの自然に身を投じて写真と文章を遺(のこ)した写真家、星野道夫である。あるときグリズリーの親子3頭に出くわして川岸で隣り合わせ、星野は思索する。「人間にとって、野生動物とは、遥(はる)かな彼岸に生きるもの。その間には、果てしない闇が広がっている」
 ところが、長い冬を越えて3頭の親子と偶然再会し、熊と自分の時間を重ね合わせてみたとき、たがいには同等の時間が流れているという「あたりまえのこと」に気づいて、星野は慄然(りつぜん)とするのだ。
 とてもだいじなことだ。人間と熊、あるいは人間と自然界には厳然たる闇のへだたりが横たわるが、しかし、どちらも生の時間を生きている。ブルンナーもまた、パラレルな位置関係に共生の可能性を示す。
 「森の中には彼らの生活があって、人間と距離を保って暮らすことを願っている動物だと考えることはできるはずだ」
 熊は森で生きる。人間は里で生きる。人間は森に関(かか)わることはできるが、無窮の連鎖を繰りかえす森のすべてを見通すことはできない。大きな熊は、そのような巨(おお)きな森に属して暮らす生きものなのだ。
 共存の歴史のあちこちで立ち止まり、何度も思考を促された。人間は、わたしたちは、森にどう関わってきただろうか、と。
 (評・平松洋子 エッセイスト)
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 伊達淳訳、白水社・2520円/Bernd Brunner 64年生まれ。フリーランスの文筆家、編集者。

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