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本田宗一郎 やってみもせんで、何がわかる [著]伊丹敬之

[評者]江上剛(作家)

[掲載]2010年10月17日

[ジャンル]経済 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■技術にこだわり、危機を乗り越え
 
 本田宗一郎は1906(明治39)年に静岡県に生まれ、鍛冶屋(かじや)を営む父を見て育ち、物作りが好きな子供だった。しかし知識を詰め込む学校の勉強は大嫌いで、高等小学校を卒業すると東京の自動車修理工場に「丁稚(でっち)奉公」に出た。15歳だった。以来、3度の創業を成功させている。最初からホンダではないのだ。戦前に自動車修理工場とピストンリング製造事業を成功させ、戦後すぐに39歳でホンダの前身となる個人商店を創業した。
 宗一郎は、物作りに創意工夫をし、サービス精神旺盛な父を尊敬していた。父は、宗一郎の社会人としてのスタートに当たり「他人に迷惑をかけるな。博打(ばくち)はやるな。時間を大事にせよ」の三つを約束させた。宗一郎はこの教えを終生守った。この教えはやがてホンダのDNAになり、同社を世界的大企業へと成長させていく。
 著者は、日本の経済成長と軌を一にして偉大な経営者に育つ宗一郎を丁寧に描く。視点は温かく、冷静だ。「戦後生まれのホンダの成長は、日本の高度成長という時代背景があったからこそ実現できた、というべきであろう。現在の経済状況の中で宗一郎とまったく同じ個性と能力を持った人物が企業を興し成長させようと思っても、ホンダの成長の再現はほとんど不可能に近いだろう」と著者は言う。
 しかし、高度成長の後ろ盾があったからといって誰もが宗一郎のように成功したわけではない。本書からは、なぜ彼が成功することが出来たのかを読者に伝え、低迷する日本経済に活を入れたいという著者の強い思いが伝わってくる。
 宗一郎は、技術にこだわるあまり何度もホンダを経営危機に陥れている。その危機を生涯のパートナーである藤沢武夫や個性的な後継者たちが乗り切っていく。彼らは宗一郎を尊敬しつつも、諫言(かんげん)を辞さない人物ばかりだ。宗一郎の偉大さは、こうした人物を集め、その能力を最大限引き出したことではないか。本書の副題の「やってみもせんで、何がわかる」の外にも随所に宗一郎の名言が織り込まれているのも楽しい。
 (評・江上剛 作家)
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 ミネルヴァ書房・2310円/いたみ・ひろゆき 45年生まれ。東京理科大学教授。『経営戦略の論理』など。

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