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場所と産霊―近代日本思想史 [著]安藤礼二 

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2010年10月17日

[ジャンル]人文

表紙画像

■独学の世界放浪者が交錯し思想誕生

 近代日本のオリジナルな思想とは何か。日本哲学は、いつどこで生まれたのか——。著者は、その光源を19世紀末から20世紀初頭のアメリカに見いだそうとする。
 鍵になる人物は、スウェーデンボルグ。彼は18世紀ヨーロッパの神秘主義思想家として知られ、霊的体験をもとに数々の著作をあらわした。
 彼の思想は、アメリカの思想・社会運動に大きな影響を及ぼす。エマソン、ジェイムズ兄弟、パース……。彼らはスウェーデンボルグの思想を基に、独自の宗教哲学を発展させた。
 そんな人脈に憧(あこが)れ、アメリカに渡ったのが若き日の鈴木大拙だった。彼はエマソンに心酔し、ジェイムズやパースの近くで思索を重ねた。そして、日本に帰国して間もなくスウェーデンボルグの翻訳『天界と地獄』を出版した。
 大拙が重視したのは「霊性」。多様な命が、宇宙の中で一元的に存在することの自覚を説き、のちに『日本的霊性』という名著を書きあげる。
 そんな若き大拙が、1899年春、留学先のシカゴからロンドンへ一通の手紙を送った。相手は南方熊楠。のちに博覧強記の「大博物学者」として知られることになる彼は、大拙が切り開こうとしていた新境地と近接するところに立っていた。
 熊楠が重視したのは「曼陀羅(まんだら)」。「変化転生」を繰り返す人間の心の構造を粘菌の生態の中に見いだし、宇宙の基本構造を解き明かそうとした。
 著者は言う。「明治の半ば過ぎに、列島から遠く離れた異郷の地で生起した、このような独学(インディペンデント)の世界放浪者の二人の交錯から、おそらくは、真の『近代日本思想史』がはじまるのである」
 大拙の思考は、盟友・西田幾多郎に影響を与え、「日本哲学」が姿を現す。熊楠の思考は柳田国男の民俗学につながり、その二筋の交点から宗教と文学が渾然(こんぜん)一体となった折口信夫の営為が生み出される。
 一方、この「近代日本思想史」の始まりの中から、大川周明のアジア主義も姿を現すこととなる。大川はシュタイナーの宗教的教育論から大きな影響を受け、世界の宗教的革命を構想。神人合一の神秘体験に基づく「総合宗教」のあり方を模索し、霊的革命による世界統一を夢見た。
 世界は多元的であるがゆえに一つである。
 そんな近代日本思想のテーゼを支えた西田幾多郎の「場所」、そして折口信夫の「産霊(ムスビ)」。
 これらの概念は、近代日本思想史の核となり、宗教的思惟(しい)の原型を開示した。その到達点は、世界を豊かにするとともに、世俗権力と結びつくことによって巨大な暴力を生み出した。現代の私たちは、まだその途上に立っている。
 本書は、独自の視点から近代日本思想が誕生する瞬間と展開を論じることで、極めてオリジナリティーの高い「思想書」となっている。
 著者の構想力に圧倒された。
 〈評〉中島岳志(北海道大学准教授・アジア政治)
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 講談社・2100円/あんどう・れいじ 67年生まれ。多摩美術大学准教授。2006年、『神々の闘争 折口信夫論』で芸術選奨文部科学大臣新人賞。09年、『光の曼陀羅(まんだら) 日本文学論』で大江健三郎賞、伊藤整文学賞。

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