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いちばんここに似合う人 [著]ミランダ・ジュライ

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年10月17日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■世界にはぐれた、哀しみの短編集

 贅沢(ぜいたく)だなあ。ほとんど奇跡みたい。ミランダ・ジュライが文章になってパフォーマンスしているよ。岸本佐知子のおかげで、日本語になってアクトしているよ。映像作品「ボタンのつくり方」とか、横浜トリエンナーレでの作品「廊下」とか、監督・脚本・主演した映画「君とボクの虹色の世界」とか、もうだいすきだ。半泣き顔がとびきりチャーミングなミランダの最初の小説集、十六の短編はなににも似ていない、どこにもない。
 肩がふるふる震える。奇妙で、滑稽(こっけい)で、へんで。
 英国王子をめぐる性的妄想で頭がはちきれるわたし(「マジェスティ」)。出ていったパートナーの彼女を深夜バスタブに片足を入れたまま待つわたし(「何も必要としない何か」)。すてきにぶっ飛ぶのは「水泳チーム」。海も川も湖もプールもない町で、泳げない老人たちエリザベスとケルダとジャックジャックに週二回、洗面器ひとつで泳ぎ方をコーチするわたし。語り手はミランダ自身に重なるのだが、そのうち「あ」と思う。あ、これは読んでいるあたし自身かも。
 だって、どんどん哀(かな)しくなってくるのだ。世界が遠ざかって、ずれて、はぐれて、胸がきゅうと縮んでしまう。会ったこともない友人の妹に焦がれて夢想する恋愛経験のない老人、映画のエキストラに出てカップルを演じたらもう暮らせなくなったと知る妻と夫……どうしようもない孤独が迫ってくる。ちょっと残酷なんだ、ミランダは。鋭くて、容赦がない。
 だから、身体にたいして痛いほどの希求がある。官能的とかエロティックとか、そういうのとは違う慈愛のような切実さ。
 「好きとか愛しているとかではない、二つの肩と胸と腿(もも)のあいだの空気を分かちあう、ロマンスだった」(「ロマンスだった)」
 肩をふるふるさせて、ほんとうに泣いてしまう。
 また読みたくなって、黄色いカヴァのミランダを読む。そこにとても親しいひとがいる。やあ、また逢(あ)ったね。またひとりなんだね。でも、いまあたしもひとりでここにいるよ。
 (評・平松洋子 エッセイスト)
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 岸本佐知子訳、新潮社・1995円/Miranda July 74年米国生まれ。映画監督、俳優でもある。

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