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影恋 [著]菊地秀行 

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2010年10月17日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■幽霊めぐる男女の情感を豊かに

 〈魔界都市〉に始まり、〈トレジャー・ハンター〉〈妖魔〉など驚くべき数のシリーズを誇る菊地秀行は、一般に性と暴力を主題とし、SF、ホラー、幻想小説を本領とする作家とみられている。しかし本書は、その先入観を見事にくつがえした。
 企画会社の若手社員、沢田達樹は先輩の高光里見と連れ立って、無断欠勤した同僚の水上涼子の家へ、様子を見に行く。沢田は涼子に、ひそかな恋心を抱いている。独り暮らしの涼子の家は、古色蒼然(こしょくそうぜん)たる雰囲気に包まれた、奇妙な建物だった。
 その家で沢田は、トイレの鏡の中に別の男の姿を認め、衝撃を受ける。それは、すでに死んだはずの涼子の夫で、生前は作家だった水上抄、と分かる。水上は、幽霊となって家に住みつき、涼子を見守っているのだ。 水上を霊界へ追い返し、涼子を救おうとする沢田と、沢田に好意を抱きながらも水上に執着する涼子の葛藤(かっとう)を、作者は独特のユーモアをちりばめながら、情感豊かに描く。従来の菊地ファンも、初めて接する新しい読者も、独特の世界に虚をつかれるだろう。ベテラン作家の新境地に、拍手を送りたい佳作である。
 逢坂剛(作家)
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 朝日新聞出版・1680円

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