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国鉄スワローズ1950—1964 400勝投手と愛すべき万年Bクラス球団 [著]堤哲

[評者]酒井順子(エッセイスト)

[掲載]2010年10月10日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝 新書

表紙画像

■弱かったけどいい球団だったのよ

 故・宮脇俊三氏に、かつて野球の贔屓(ひいき)チームを聞いた時、「スワローズですよ」とおっしゃっていました。そして、「ほらだって、国鉄の……」と。その時に私は、かつて「国鉄スワローズ」という球団が存在していたことを、初めて知ったのです。
 私にとっては幻の球団と言っていい国鉄スワローズの全(すべ)てを詳(つまび)らかにしているのが、この本。読むうちに、この本がスポーツ系出版社からではなく、交通新聞社新書として出た理由が、よくわかってきます。国鉄と野球とは、何と深い縁で結ばれていることか。そして鉄道マンの精神と日本野球の精神は、どこかで通じ合うものがあることにも、気付くのでした。
 国鉄スワローズは、1950年にプロ野球が2リーグ制になった時に誕生しました。時の国鉄総裁は、大の野球好き。東京駅発夜行列車の1等コンパートメントの中で、チーム発足のための密談が行われたのです。
 野球は、鉄道の歴史とも結びついています。明治11年に日本初の野球チームを作ったのは、アメリカで鉄道技術を学んでいるうちに野球好きになった鉄道技師。その後全国の国鉄で野球チームが発足し、国鉄野球は戦前から、アマ強豪として知られていました。
 しかしスワローズは、プロとしては弱かった。名投手・金田正一を擁したものの、3位になったのが1度だけ。それでもスワローズは、幹部から職員まで国鉄一家の応援をバックに、奮闘したのです。金田選手の「ホンマにいい球団だったのよ。弱かったけどな」「温かい球団だった」という言葉は、球団の魅力を我々に教えてくれます。
 東海道新幹線の開業などで「赤字国鉄」と世間から叩(たた)かれた時代、スワローズから「国鉄」の二文字は消え、同時に金田選手は巨人へ移籍しました。しかしその14年後、ヤクルトスワローズが初の日本一になった時、セ・リーグ優勝パレードのスタート地点は、球団発祥の地・国鉄本社前。特急「つばめ」の名を冠したチームの魂が、故郷に飛翔(ひしょう)してきた瞬間でした。
 (評・酒井順子 エッセイスト)
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 交通新聞社新書・840円/つつみ・さとし 64年毎日新聞社入社、記者時代は都市対抗・選抜高校野球などを取材。

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