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大統領オバマは、こうしてつくられた [著]J・ハイルマン、M・ハルペリン

[評者]久保文明(東京大学教授)

[掲載]2010年10月10日

[ジャンル]政治 ノンフィクション・評伝

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■米大統領選を巡る、知られざるドラマ
 
 2008年のアメリカ大統領選挙は民主党内でオバマとヒラリー・クリントンが接戦を演じ、最終的には初の黒人大統領が誕生するという歴史的かつ劇的な選挙であった。本書の原題は“Game Change”。競技のルール・環境・優劣関係を根本的に変えてしまうものをゲーム・チェンジャーという。アイオワ州党員集会、金融危機などはまさにそのようなものであった。同年の選挙はまさにゲーム・チェンジャーに溢(あふ)れた選挙であった。本書は2人の傑出した政治ジャーナリストが多数のインタビューに依拠して、候補者とその配偶者の肉声と人間関係のドラマを再現したものである。
 08年選挙をそれなりに詳しく見てきたつもりでいる者にとっても、初めて知る事実もあり、十分楽しめる内容である。著者の意図も、大量のニュース報道の中でも十分に語られなかった事実を物語として、また記録として残すことである。
 ヒラリーの選対スタッフの慢心により、緒戦のアイオワ州党員集会で敗北した後、本人も含め陣営全体が混乱に陥っていた様子が生々しく描かれている。外からは「超大国のように映った」ヒラリー選対であったが、「指名争いを経験したことのある人間は、ひとりもいないといってよかった。最初の四州以外、重要な予算や戦略も決められていな」かった。アイオワで敗れた後ようやく、彼女は自分の「選対が腹立たしいほどの役立たずだ」と気づいた。しかし彼女の政治家としての判断力も問題であった。「この選挙運動中、いくつかの決定的な転換点におけるヒラリーの頼りなさは深刻だった」
 夫ビルをどう扱うかも選対にとって問題であった。彼のいくつかの発言は人種主義的とメディアから解釈された。彼自身は、オバマ陣営がメディアにそのように解釈・報道するように仕向けていると理解して憤慨していた。ただし、ビルもヒラリーも、民主党全国党大会では、オバマ支持を訴える感動的な演説を行った。
 オバマの選挙運動が「ムーブメント」を起こしていることにヒラリー選対が気がついたときには、すでに手遅れであった。ただ、オバマはヒラリーを副大統領候補に迎えることについて、最後までかなり前向きであったことも明らかにされている。
 アイオワ州党員集会で2位につけたエドワーズ陣営の内幕も興味深い。彼の妻はスタッフを怒鳴り散らす専制君主であった。エドワーズの方は不倫をしていて、いつメディアによって暴露されるかわからない時限爆弾を抱えた選挙戦であった。
 共和党のマケインの集中力の欠如、勘に頼ったペイリン抜擢(ばってき)、ペイリン自身の精神的不安定についての記述も読みごたえがある。精神的に安定していると評価されていたオバマすら、バイデン副大統領候補の失言に癇癪(かんしゃく)を起こしていた。
 本書はアメリカの政治ジャーナリストの水準の高さも示している。アメリカ政治通、そして選挙や政治に興味のある方に強くお薦めしたい。
 (評・久保文明〈東京大学教授・アメリカ政治〉)
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 日暮雅通訳、朝日新聞出版・3150円/John Heilemann 66年生まれ。「ニューヨーク」誌の政治コラムニスト/Mark Halperin 65年生まれ。「タイム」誌の編集者兼主任政治アナリスト。

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