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江戸の気分 [著]堀井憲一郎 

[評者]奥泉光(作家)

[掲載]2010年10月10日

[ジャンル]歴史 アート・ファッション・芸能 新書

表紙画像

■暮らしのにおい、落語通して

 江戸時代の社会史を扱った書物は多くある。落語を論じた本もたくさんある。が、落語を通じて江戸時代人の暮らしの姿を浮かびあがらせようとする本書の試みはユニークだ。もっとも落語という芸能が成立したのは明治になってからであり、そんなものを資料に江戸を論じるなんておかしいじゃないか、といわれればたしかにそうだ。けれども著者はここで、落語に「かたり」継がれた江戸の暮らしの諸場面を、想像力を武器に再現しようとするので、口承芸能でなければ伝えられない「匂(にお)い」や「色合い」を、つまり本書の題名に即せば、「江戸の気分」を掴(つか)みとっていく論述は、ただの思いつきではない、高い方法意識に裏打ちされている。実際、評者は数多い江戸の庶民生活誌にもまして、時代を具体的に生きた人々の、ときにぞっと頬(ほお)に触れてくるような実在感を本書に感じた。その感興は小説のそれに似ているが、世間に流通する「時代小説」の大半がコスプレする現代人の物語にすぎないのに対して、愉(たの)しく軽快なかたり口の本書は、現在の私たちの生のあり方を強く批評し揺さぶるだけの力がある。
 奥泉光(作家)
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 講談社現代新書・777円

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