書評・最新書評

沈黙の時代に書くということ―ポスト9・11を生きる作家の選択 [著]サラ・パレツキー

[評者]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

[掲載]2010年10月10日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「強いが等身大」ヒロインの背景
 
 サラ・パレツキーといえば、日本では1980年代半ばから、しゃれた邦題に、江口寿史のクールな装幀(そうてい)画で刊行された、女探偵V・I・ウォーショースキーのシリーズで名高い。初めて「生活感」をもった女探偵の登場だった。同シリーズでは、格好いいヒロインもスーパーに行き、失恋をし、親子関係に悩む。こうした「強いけど等身大」のヒロインものが相前後して続々と翻訳され、4fミステリーなる名称も生まれた。作者、主人公、翻訳者、読者がみんな女性(female)という意味だ。とはいえ、パレツキーの作品は実は骨太。本人も人種・性差別に断固反対し、9・11テロ以降の管理社会に抗する社会運動家の一面をもつ。そんな作者が初めて、出自や作品のできるまでを詳述したのが本書だ。
 著者は東欧にルーツをもつユダヤ系の一家に生まれ、一族の多くをホロコーストで失った。育ったカンザスではユダヤ人を「キリンを見るような目で見る」隣人たちに囲まれ、両親は憎みあった。疎外感の中で、パレツキーは「家庭の天使」(良妻賢母の理想像)と戦いながら空想を羽ばたかせ、やがて学生時代、公民権運動中にシカゴでキング牧師と出会う。この頃の凄(すさ)まじい闘争体験から、シカゴの街を舞台にした同シリーズが生まれたという。
 それまで男性作家のミステリーに出てくる女は妖婦と聖女ばかりだった。パレツキーはそうした世界観、小説観を覆したくて、V・Iを創造したのだ。「天使でも怪物でもない」一人の人間。その人間性を封じ込めるものはなにか。一つは偏見と差別であり、もう一つは思想管理である。本書のとくに序章と最終章では、9・11後に愛国法が成立した米国で、その圧力に屈せず書いていくための心構えが語られる。
 先日刊行のシリーズ最新作『ミッドナイト・ララバイ』ではヒロインが元警官だった父の過去と過酷な対峙(たいじ)をする。この物語は、シカゴの警察署内での不当な取り調べや拷問を調査した経験を下敷きにしたという。パレツキーは進み続ける。
 評・鴻巣友季子(翻訳家)
   *
 山本やよい訳、早川書房・1890円/Sara Paretsky 47年生まれ。米国の作家。

関連記事

ページトップへ戻る