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地球最後の日のための種子 [著]スーザン・ドウォーキン

[評者]辻篤子(本社論説委員)

[掲載]2010年10月03日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■小麦の「遺伝資源銀行」作った男

 その名を知る人はほとんどいないだろうが、その恩恵にはほとんどの人があずかるはずの仕事をした、一人の科学者をめぐるノンフィクションである。
 「小麦畑のバイキング」という原題が示すように、小麦の種子銀行作りに果敢に取り組み、3年前に亡くなったデンマーク出身の農学者、ベント・スコウマンである。
 種子銀行は、遺伝資源を集めておき、新しい病害などが発生したときに、耐性を持ったものを探すのが目的だ。人類は過去何度もそうやって、大被害を及ぼした病害を克服してきた。
 また、戦争や自然災害などで畑が破壊されても、種子さえあれば再建できる。
 かつては、国際機関も含め、公的な団体が担ってきた。しかし、今、企業による遺伝資源の私有化の流れが押し寄せる。遺伝資源はすべての人が自由に使えるべきだ、とする彼の主張が簡単に通る情勢にはない。
 それでもひるまない。国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)の種子銀行に始まり、北極圏の永久凍土の下の「世界種子貯蔵庫」に至るまで、世界の仲間を巻き込みながら歩んだ道のりは、地味ながら大河小説の趣すらある。
 遺伝資源の利用は、議論が進む生物多様性条約の大きなテーマでもある。スコウマンは、遺伝資源の自由な交換を妨げるとして条約には反対だった。本書は多様性を具体的に考える手がかりも与えてくれるだろう。
 日本人が果たす重要な役割も目を引く。トウモロコシの種子銀行は育種家の田場佑俊氏が担い、農業・食品産業技術総合研究機構の岩永勝氏はかつて、CIMMYTの所長を務めた。
 著者は、米農務省に勤めた経験を持つ伝記作家だ。米タイム誌で「人々の日々の生活にとってほとんどの国家元首より重要な人物」と紹介されたのを見て関心を持ったという。
 「種子が消えれば、食べ物が消える。そして君も」。スコウマンの口癖だったそうだ。
 そう、種子の物語は食べ物の、そして君の物語でもある。敬遠せずに手に取ってほしい。
 評・辻篤子(本社論説委員)
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 中里京子訳、文芸春秋・1550円/Susan Dworkin 米国の伝記作家。共著に『ナチ将校の妻』。

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