書評・最新書評

NHK、鉄の沈黙はだれのために 番組改変事件10年目の告白 [著]永田浩三

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2010年10月03日

[ジャンル]政治 ノンフィクション・評伝

表紙画像

意思決定の真相に当事者が迫る

 NHKの番組改変事件から10年がたとうとしている。ETV2001特集「戦争をどう裁くか」の2回目「問われる戦時性暴力」が、直前に改変されたこの事件は、大物政治家からの圧力問題にまで発展した。
 番組が扱った内容は、慰安婦制度の責任を議論する「女性国際戦犯法廷」。2000年12月に都内で開催された民間法廷で、一部の右派が強く反発した。
 著者はこの番組の担当プロデューサー。現在は、既にNHKを離れている。
 本書は、事件の当事者が「改変」の真相に迫るドキュメンタリーだ。彼は、当事者でも知ることができなかったNHK幹部の意思決定にメスを入れる。自分が直面した問題と向き合い、事件の暗部を掘り下げる。
 問題の焦点は、政治家からの圧力の有無と幹部の意思。公共放送であるNHKは、事業計画や予算が国会で審議され、承認を必要とする。そのため、権力との距離が常に問題になる。
 この番組に対しては、一部の政治家が「偏向している」との懸念を示した。右翼によるNHKへの抗議が激化する中、幹部は与党政治家と会談を行い、番組改変の流れが加速する。
 事件後の高裁判決と局内有志の検証では、幹部の行きすぎた忖度(そんたく)が問題視された。政治への過剰反応が具体的な改変へとつながり、重要な場面のカットが断行されたというのである。
 著者はさらに深く真相に切り込む。改変の意思決定の中心人物の一人に伊東律子番組制作局長がいた。著者は伊東氏に真相を聴き出すべく迫った。
 伊東氏は沈黙の後、言った。「じゃあ言うわよ……。会長よ」「えっ、海老沢会長ですか」「そう、会長。それ以上は言えない」
 伊東氏は昨年、鬼籍に入った。当時の放送総局長は一切を語らず、海老沢氏も沈黙を続けている。
 著者がこじ開けようとしても揺るがない「鉄の沈黙」。問題の核心が見えないまま、事件は忘却されようとしている。
 メディアと権力、そして表現の自由の揺らぎ。我々は、この事件を放置してはならない。
 評・中島岳志(北海道大学准教授・アジア政治)
   *
 柏書房・2100円/ながた・こうぞう 54年生まれ。元NHKプロデューサー。武蔵大学教授。

関連記事

ページトップへ戻る