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サラリーマン漫画の戦後史 [著]真実一郎 

[評者]江上剛(作家)

[掲載]2010年10月03日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝 新書

表紙画像

■ルーツと基本は源氏鶏太の小説

 私にサラリーマンのイメージを決定づけたのは、サトウサンペイの「フジ三太郎」だった。彼は年功序列と終身雇用という高度成長を支えた制度が確立した中で、仕事よりも上司との良好な関係を優先する調子の良い人物として描かれていた。
 1977年にサラリーマン人生をスタートさせた私は、彼のように気楽なサラリーマンを夢見ていたのだが、現実は厳しく、過酷だった。彼は65年に朝日新聞に登場し、91年のバブル崩壊と重なるように私たちの前から消えた。年功序列などの高度成長を支えた日本的雇用の見直しとともに、彼の居場所がなくなってしまったのだろう。
 一方、「フジ三太郎」とほぼ同時期に登場した東海林さだお「サラリーマン専科」はいまだに連載が続いている。会社で暇つぶししているとしか思えない超ご気楽な人物ばかりが登場する。現実離れしているようでありながら、実は、生産性の悪い日本のホワイトカラーの現実を皮肉っているところにカタルシスを覚えるのだろう。
 この両作品を含めて、著者はサラリーマンという和製英語が使われ始めた20年代から高度成長、バブル崩壊、低成長、グローバル化という各時代にヒットしたサラリーマン漫画の主人公の変遷を丁寧に追求する。
 漫画に描かれるサラリーマンの多様さに驚かされるが、それらの主人公たちはすべて源氏鶏太のサラリーマン小説が基本になっていると指摘する。彼が描く会社は家族主義的で、登場するサラリーマンは仕事よりも人柄を優先する人柄主義の人物ばかり。どの主人公も源氏鶏太的か、アンチかに区分できるというのは面白い。
 彼の正統な継承者が、大ヒット作「課長 島耕作」を生んだ弘兼憲史だ。そう考えると、過労死や成果主義など、過酷な運命に翻弄(ほんろう)されながらも現代のサラリーマンは、いまだに家族主義的な会社、人柄主義的なサラリーマンへのあこがれが強いのだろう。そこにこそサラリーマン漫画や、むろん、小説の生きる道があるのではないか、と大いに考えさせられた。
 評・江上剛(作家)
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 洋泉社新書y・777円/しんじつ・いちろう 69年生まれ。現役サラリーマン。ブログ「インサイター」を運営。

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