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毛沢東 ある人生〈上・下〉 [著]フィリップ・ショート

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2010年09月19日

[ジャンル]政治 ノンフィクション・評伝 国際

表紙画像


■客観的に実像描き、軌跡の全容を解剖

 現在、中国の知識人に毛沢東の功罪を尋ねると、大体が口ごもりながらも「功が七割、罪が三割」と答える。この比率がなぜか共通している。ある研究者が「トウ小平がそう答えたから」と教えてくれたが、本書を読んでいて、実は毛沢東自身がスターリンを、「功績七割、錯誤三割」と評していたことを知った。
 毛は自身が七三の評価で語られていることにどのような感慨をもつだろうか、そんな思いの起こる書だ。
 本書は北京駐在員の体験もあるイギリス人ジャーナリスト(夫人は中国人)の渾身(こんしん)の作である。「渾身」の意味には、19世紀、20世紀を生きた中国の真の指導者をあらゆる資料や文書に目を通し、関係者の証言も入れてその軌跡の全容を解剖した労を含んでいる。中国人の見た毛沢東ではなく、イギリス流の実証主義的な手法を用いて、その実像をとくに功罪を問うわけではなくありのままに描きだしている。
 湖南省の富農の長男(実は三男らしいが)が、いかにして中国の指導者に上りつめたのか、著者によれば8歳のときに父親が毛に教育を受けさせようとした「重要な決断」が出発点にあるという。湖南省人のもつ独立性と冷たさに言及しているのも毛の性格形成に影響しているというのであろう。毛少年は父親と衝突しつつも初級中学、高等商業学校で学び、そして第一師範学校にと進んで教師の資格を得ていく。実際に良き教師となり、長沙の小学校校長なども務めているのだ。その一面で早くから革命運動に関心をもち、陳独秀の『新青年』に関心を寄せ論文を書いたりしている。その内容は、西洋の論理よりも中国の伝統に重きを置いていた。当初はアナキズム運動にも関心をもつが、こうした思想遍歴については微細に分析していて教えられる点が多い。
 中国共産党の草創期から活動期の内実は、国民党との闘いだけでなく党内の理論闘争の激しさもあり、そこで毛はどうふるまったか、権力に近づくその因はゲリラ戦から機動戦に進んでいく折の実行力が大きかったことがわかる。国共合作が蒋介石のクーデターによって解体したあとの内戦の残虐さも著者は正確に書く。国民党右派と通じているとの疑いでAB団(反ボリシェビキ連盟)摘発など、そこでも毛は一定の役割を果たしていたと言い、粛清そのものへの毛の役割も偏見を排して客観的に裏づけている。
 長征、内戦による勝利、中華人民共和国の建国、その後の朝鮮戦争、百花斉放運動、中ソ対立、そして文化大革命という中国史はかなりの部分毛の意思によってつくられた。文革にはかなり頁(ページ)をさいているが、「主席の名の下に拷問と殺害をおこなった紅衛兵は——地主を撲殺した農民のように——毛沢東主義に後戻りできない形で身を投じてしまった」との表現は痛々しい。
 著者の熱意と訳者の心配りに気づくと、その功罪の比率を私たちもまた考えてみたくなるのである。
 〈評〉保阪正康(ノンフィクション作家)
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 山形浩生、守岡桜訳。白水社・上2940円、下3150円/Philip Short BBCの海外特派員として40年間、ワシントン、モスクワ、パリ、東京、北京に駐在。著書に『ポル・ポト』など。現在は南仏で暮らしている。

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