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世界で最も危険な書物-グリモワールの歴史 [著]オーウェン・デイビーズ

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2010年09月19日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像


■古代から現代へ魔術書の謎追う

 夕暮れ方、ふと立ち寄った古書店の片隅で見つけた見慣れない本。開いてみると呪文らしきものや奇妙な図形が……。これはもしや魔術書ではないか。そう、世界中のすべてのことが叶(かな)うという書物だ。あなたはそれを買うだろうか。それともそっと元の場所へ戻すだろうか。
 古来、人々は魔術や錬金術といったものに深い関心を示してきた。そして、古代から近代に至るまで、それらについて書かれた秘密の本があると伝えられた。その本はただ一冊ではなく、多くの「魔術師」によって書かれたとされる。
 「ちちんぷいぷい」という日本人にはおなじみの呪文があるが、本当の由来はつきとめられていない。しかし、西洋には呪文を集めた魔術書が数えきれないほどあるのだ。
 たとえば、16〜18世紀頃に西欧に流布していたファウスト博士伝説(ゲーテはそれに材を得て「ファウスト」を書いた)では、悪魔に魂を売ったファウスト博士自身が魔術師となって数々の魔術書を作ったといわれている。このような不特定の魔術書のことを、本書ではグリモワールと総称している。
 本書は、題名はトリッキーだが精密な調査に基づいたまじめな本である。グリモワールが古代中東に生まれ、キリスト教だけではなくユダヤ教やイスラム教の要素も加わり、中世に大きく発展した様相が浮かび上がってくる。グリモワールの歴史を現代まで追う試みはおそらく初めて日本に紹介されたものだろう。ラブクラフトの作品に登場する謎の魔術書「ネクロノミコン」まで言及されるのはファンにはたまらない。
 また、電子書籍の進出により紙の本が危機を迎えているが、グリモワールは文字や書物の形態そのものが魔力を宿すとされ、紙の本の存在価値を再考するためにも示唆的である。「書物は魔法的な存在になり得る」という著者の言葉は力強い。
 さて、これを読んで古書店のあなたの手はもう例の本に伸びているのではないか。かすかに聞こえてくるのは、エロイム・エッサイムのあのひびき。
 評・田中貴子(甲南大学教授・日本文学)
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 宇佐和通訳、柏書房・5040円/Owen Davies 英ハートフォードシャー大学教授(社会史)。

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