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傷だらけの店長 それでもやらねばならない [著]伊達雅彦

[評者]四ノ原恒憲(朝日新聞記者)

[掲載]2010年09月12日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像


■消える書店、なにが問題なのか

 中学生の時だったろうか。家の近くの古い商店街にある小さな本屋さんで、偶然手にしたエラリー・クイーンの『Yの悲劇』が、本格的な推理小説の面白さを教えてくれた。そこの棚を読み尽くしたあとは、少し遠いが、少し大きな書店に、自転車で通い詰め、他の分野の本の面白さも知り、今に至る。
 出版業界紙に連載されていた、中規模と思われる本屋の店長の苦悩の実録奮闘記ともいえるこの本を読みながら、いつしかそんなささやかな自身の読書体験を思い出していた。近くのビルにオープンした全国チェーンの超巨大書店に客を奪われ、工夫むなしく、本部の判断で閉店に追い込まれる。店長自身も、書店の世界を離れるかどうか、煩悶(はんもん)を繰り返す。その理由の一つが、昔はどこにでもあった、本と読者の「偶然」の出会いの場である本屋さんの役割へのこだわりだったからだ。
 街から本屋が、次々と消えてゆく。それを、感傷的に嘆くのは簡単だが、この本を読んだあとは、考えこまざるを得ない。大きな背景は、本が売れなくなっていることだが、それにしても、外からは静かな知的空間にみえる本屋さんの、舞台裏での労働のなんと過酷なことか。
 連日、取り次ぎから次々送り込まれてくる大量の新刊の荷解き。それに伴う棚の入れ替え。そして、大量の返本の荷詰め。相次ぐ客からの曖昧(あいまい)な本の問い合わせ、注文してもなかなか届かない本への苦情の処理、万引きへの警戒……。
 本好きゆえに懸命に働くアルバイトたちの時給は、求人誌が驚くほどに安い。作業や売り上げノルマに追われる店長の帰宅は常に深夜で、休みもままならない。それでも、父親に勘当されてまで、アルバイトからこの世界に飛び込んだほど、本に惚(ほ)れ込んだ店長。陣頭に立ち、業界でも知られた独自の品揃(しなぞろ)えを維持するが、大量な本を揃える、大手の資本の力に屈する。
 何の、どこが、問題なのか。著者がぶつける悔しさとわずかなあきらめは、とりわけ書評欄の読者には痛切に響き、様々な思いに誘ってくれるはずだ。
 評・四ノ原恒憲(本社編集委員)
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 パルコ出版・1365円/だて・まさひこ 65年生まれ。大学生アルバイトから店員、店長に。昨年退職。

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