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銀狼(ぎんろう)王 [著]熊谷達也 

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2010年09月05日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■探偵と犯人さながらの知恵比べ


 人間と動物、ことに熊や狼(おおかみ)との戦いの物語は、古今東西を通じて数が多い。明治20年の北海道を舞台に、人知を超える狼と人の戦いを描いた本書も、その一つに数えられる。当時、ほとんど生きた個体が確認されなくなっていた、といわれる蝦夷(えぞ)狼を相手に、50歳の老練な狩人二瓶が、死闘を繰り広げる。
 二瓶はある日、アイヌの古老から銀色の毛並みを持つ、巨大な狼の目撃談を聞かされ、血が騒ぐのを覚える。当時、毒餌を使って狼を退治する方法もあったが、二瓶は昔ながらの忍びの猟法によって、その銀狼を仕止めようと決心する。
 年老いた「アイヌ犬」の疾風(はやて)を唯一の道連れに、二瓶は鹿狩りに出た銀狼のあとを追って、山に踏み込む。終盤まで、物語の展開はすべて二瓶と疾風、羆(ひぐま)と狼の動きに絞られる。二瓶の独り言が、わずかな彩りをそえるだけだ。敵は羆や狼だけでなく、自然との苛烈(かれつ)な戦いもある。吹雪を避けるため、二瓶は冬眠する羆を射殺して巣穴にもぐり込む、という非常手段にも出る。
 銀狼は、二瓶が出会ったこともない、奸智(かんち)にたけた狼だ。その銀狼に対して、闘争心と同時にしだいに畏敬(いけい)の念を抱き始める、二瓶の心理の変化が興味を呼ぶ。蝦夷地の自然、風土の描写にも、力がこもっている。
 辛抱強く鹿のあとを追い、疲れたころに襲う狼独特の猟法を知る二瓶は、その習性を利用して銀狼を追いつめる。二瓶と狼の、知恵を絞った丁々発止のしのぎ合いは、さながら探偵と犯人の対決にも似て、まことにスリリングだ。
 最後に銀狼率いる一群に疾風を殺され、命綱の鉄砲も壊された二瓶は、素手で銀狼と戦うはめになる。結末は少々あっけないが、むしろくどく筆を費やさなかったところに、二瓶ないし作者の銀狼に対する思い入れが、込められているだろう。
 人間と野生動物の戦いについては、西村寿行に『老人と狩りをしない猟犬物語』など、いくつかの佳作がある。本書も、それらを彷彿(ほうふつ)とさせる、執念に燃えた力作といえよう。
 評・逢坂剛(作家)
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 集英社・1470円/くまがい・たつや 58年生まれ。作家。『邂逅(かいこう)の森』『モラトリアムな季節』など。

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