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大逆事件 死と生の群像 [著]田中伸尚 

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2010年08月29日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■国家犯罪の残酷さ雄弁に裏付ける

 大逆事件から100年である。幸徳秋水ほか25人が国家体制破壊のために元首暗殺を企図したとして、一斉に逮捕・起訴されたのが1910年である。秘密裁判で1カ月ほど審理、そして24人に死刑(うち12人は減刑)の判決を下し、7日以内に12人を処刑している。検察側が「十一月謀議」なる虚構をつくりあげ、無実の人たちを処刑した、いわば国家犯罪といっていい。
 著者が「彼らの遺族やその周辺をめぐる旅」を始めたのは1997年ごろという。その旅を「道ゆき」と名づけ、26人の被告たちの人生やその児孫たちがどのようにしてこの事件と向きあったか、冤罪がなぜ晴れないのか、検事たち国家権力の側の非人間的性格(たとえば平沼騏一郎など)などを次々と私たちの眼前に示す。一貫して無罪を訴え再審請求を行っていた坂本清馬に、検事の一人が洩(も)らした「あのときはああせざるを得なかった」との戦後の言は何を語っているか、国家犯罪の残酷さを雄弁に裏づけている。著者の筆は近代日本の天皇制権力が市井の人びとに刃(やいば)を向ける怖さを執拗(しつよう)に訴えている。
 国家権力に抗するとの立場からではなく、正義の側に立つ人びと、たとえば弁護人の平出修や謀叛(むほん)の普遍性を説いた徳冨蘆花、遺族を慰問行脚した堺利彦、そして松尾卯一太、大石誠之助、森近運平を始めとして事件にまきこまれた被告たちを静かに支える人たちもいれば、逆に、墓所をつくるな、戒名を変えろと圧力をかける警察は彼らの存在を抹殺しようと必死だ。無実の人たちを裁いた後ろめたさに国家権力そのものが歴史的な脅(おび)えをもっていたことがわかる。
 それだけに和歌山県新宮市議会が2001年に紀州出身の被告6人の名誉回復宣言を満場一致で可決したことは重い意味をもつ。司法は判決を覆す度量をもっていないが、私たちの検証、継承で正確な史実を語り継ぐことを武器としなければならない。著者は100年という時空を超えて、歴史を国家権力から解放せよとの思いで本書を著しているが、その誠実な態度こそ著述家の役割であろう。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 岩波書店・2835円/たなか・のぶまさ ノンフィクションライター。『日の丸・君が代の戦後史』など。

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