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反米の系譜学 近代思想の中のアメリカ [著]ジェームズ・W・シーザー

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2010年08月29日

[ジャンル]人文 国際

表紙画像

■■18世紀欧州に発する「否定」を批判

 今日世界のいたるところに「反米」の風潮がある。本書はその原因を現代の世界状況に見るかわりに、反米という観念の源泉に遡(さかのぼ)って考える。いいかえれば、否定的なシンボルとしての「アメリカ」がいつどこでいかにして形成されてきたかを見る。それはまず18世紀ヨーロッパの知的言説に発している。アメリカではすべての生命体が退化する、犬まで啼(な)かなくなる、ということがまことしやかに説かれたのである。これはアメリカに向かって大量の移民が出たことに危機感を覚えたヨーロッパ知識人が、当時先端の自然史学を利用して創(つく)った「アメリカ」のイメージである。
 以後、「アメリカ」は未開の自然状態から、最も発達した産業資本主義、大衆民主主義、消費社会を象徴するものとなっていく。ヘーゲル、ハイデガー、コジェーブにいたるまで、ヨーロッパの哲学者は、人類社会がとる究極の頽落(たいらく)形態を「アメリカ」に見いだした。そのような見方は、現在もフランスから到来した「文芸批評やポストモダン哲学」において受け継がれている。著者は、それを批判し、肯定的なアメリカ(真のアメリカ)をとりかえすべきだというのである。
 著者は、「反米」論には、アメリカへの称賛や肯定的な評価が隠れているのだ、と考えている。ヨーロッパに関しては、そのような見方は半ばあたっているだろう。しかし、今日世界中に瀰漫(びまん)する反米感情には、そのような両義性はもはやない。アーレントは、フランス革命の前に反貴族的な風潮が強まったのは、貴族が強かったからではなく、すでに衰退しているにもかかわらず以前と同様にふるまおうとしたからだ、といっている。現在のアメリカについても同じことがいえる。アメリカがかつてなく嫌われているのは、衰退しているからなのだ。この事実を認めないと、著者のような主張はますます「反米」感情を生みだすだけである。とはいえ、しかし、本書は、ヨーロッパの思想史を、「反米」というかつてない視角から照明したものとして読むと、なかなか面白い。
 評・柄谷行人(評論家)
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 村田晃嗣ほか訳、ミネルヴァ書房・5775円/James W. Ceaser 米バージニア大学教授(政治学)。

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