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江戸図屏風の謎を解く [著]黒田日出男 

[評者]四ノ原恒憲(朝日新聞記者)

[掲載]2010年08月29日

[ジャンル]歴史 アート・ファッション・芸能

表紙画像


■綿密かつ大胆、鮮やかな歴史推理


 美術館などで、名品とされる壮麗な古い屏風(びょうぶ)に出会うことはよくある。その美しさに魅せられ、しばし足は止めるが、その描かれた内容や背景に深く思いを至らすことはなかった。
 要するに、単なる美術品として鑑賞していたわけだ。でも、歴史学者で絵画史料の読み手として知られる著者の綿密かつ大胆な歴史推理に同伴できるこの本を一読すると、視界が一変する。学問とは、こんなに面白いものだったのか、と。
 著者が最終的に読み解くのは明暦3(1657)年の大火前の江戸城内と、そこを練り歩く山王祭りの行列を描いた個人蔵の「江戸天下祭図屏風」。
 家康から家光の3代で大きく発展した江戸の街の姿は、明暦の大火で一変する。史料も多く焼失したせいもあり、その実情は、あまりはっきりしないという。一時行方不明になり、1997年、突如古美術市場に姿をあらわした同屏風は、その意味からも大変貴重な史料なのだが、誰が、何のために発注し、いつ描かれ、なぜ京都・本国寺に伝来したか、が謎だった。
 歴史探偵は、まず推理の足元を固める。読み解きの基礎として屏風の地図的情報を知るため、初期江戸を描いたいくつかの地図(絵図)の成立年代を巡る論争を紹介しながら、原図を推定。それをもとに、初期江戸を描いた国立歴史民俗博物館蔵の「江戸図屏風」を読み解く。すでに発表された著者の仮説が紹介され、異論、異説が丁寧かつフェアに論駁(ろんばく)されていく。かなり濃厚な前菜として読み解きが持つ学問的重要さと、その面白さを十分に味わったあと、メーンディッシュへ。
 文献史、美術史、風俗史、祭礼史、建築史……。あまたの知識と角度を動員する「鳥の視点」と、描かれた人の一人、一人まで微細に検討する「虫の視点」を併せ持つ推理の道筋は鮮やか。屏風の背景には、由比正雪ら浪人が幕府転覆を狙った慶安事件まで顔をのぞかせる。
 歴史探偵ホームズは、最後に屏風の謎を見事に解くが、それは読んでのお楽しみ。読者はワトソンの快楽に浸るのみ。
 評・四ノ原恒憲(本社編集委員)
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 角川選書・1890円/くろだ・ひでお 43年生まれ。東京大学名誉教授。著書に『謎解き洛中洛外図』ほか。

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