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闇彦 [著]阿刀田高 

[評者]江上剛(作家)

[掲載]2010年08月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像


■死者を今に生き続けさせる文学


 闇彦、妖(あや)しい響きだ。この響きに誘われて闇彦の謎を「私」が追求していく。さらに「私」の動きから、著者の創作の原点を追体験する。それはとりもなおさず、文学とは何かという深い問いかけの答えを捜す、時空を超えた旅への誘いだ。
 「私」は新潟で双生児として生まれたが、弟は3歳で病死した。その頃から死が身近にあった。お婆(ば)あが、弟の様子を生きているかのように話すので「なーしてわかる?」とたずねると「闇彦がおしえてくんる」と言う。闇彦は、「私」と死をつなぐ存在として認識されていく。そして、さまざまな女性との出会いが「私」と闇彦のつながりを強めていく。
 少年時代、語りの上手な少女がいた。彼女の語りには絶えず死の影が付きまとい、あっけなく死んでしまう。葬儀に参列した「私」の耳に、誰かが「(海の)向こうに島がある。稲子は闇彦の血だすけに」とつぶやく声が聞こえる。彼女は闇彦の島から来たために、語りが上手だったのか。ストーリーを好む「私」にも、闇彦の血が流れているのかもしれない。
 肺結核で1年半の療養生活を強いられた後、大学の文学部に入学。母が占師という女性に出会う。彼女は「私」に「小説家になれる」と断言する。彼女は「私」の中に闇彦の血が流れていることを気付かせてくれた。「私」は、おもしろいストーリーを作って読者を楽しませることが文学の存在理由と気づき、小説家への道を歩み始める。
 劇団女優との出会いと別れ。彼女はギリシャ神話が好きだった。「私」にオルフェのように「死の国まで迎えに来てほしい」と言い、黄泉(よみ)へと旅立った。深い関係にあった彼女を偲(しの)びつつ、「私」は幾つものストーリーを思い巡らす。「私」の中の闇彦がなせる技だった。
 死者を語り、死者を今に生き続けさせる営みこそが文学の役割。人々が古代よりストーリーを作り続けたのは、そのためなのだ。そして何よりも本書は小説の原点、叙事詩だ。ギリシャ神話の世界を吟遊するホメロスになった気分にさせてくれる。
 評・江上剛(作家)
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 新潮社・1365円/あとうだ・たかし 35年生まれ。作家。『ナポレオン狂』『新トロイア物語』など。

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