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リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上下) 追いつめられた金融エリートたち/倒れゆくウォール街の巨人[著]アンドリュー・ロス・ソーキン著

[評者]植田和男(東京大学教授)

[掲載]2010年08月22日

[ジャンル]経済 ノンフィクション・評伝

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■渦中の一挙一動を証言で克明に再現

 リーマン・ブラザーズ倒産からほぼ2年を経た。金融経済危機はいまだ完全には終息していないものの、そのおおよその姿は判明してきている。危機の原因は、米国政府の中低所得者層向け住宅ローン促進策が経済的合理性を欠いた住宅ローンを急成長させた一方、長引いた金融緩和環境の下で規律の低下した世界中の金融機関が、関連金融商品を大量に組成し、また自らも自己資本規制等を巧妙に逃れる形でそれらを大量に保有したことである。危機は2008年3月のベアー・スターンズ破綻(はたん)で深刻化し、同年秋にクライマックスを迎えた。本書は、この約半年間に危機の渦中にあった金融機関経営者、危機対応を迫られた政策担当者の一挙一動を、ニューヨーク・タイムズのトップ記者が、彼らに対する詳細なインタビューに基づいて克明に記録したものである。技術的になりがちな金融危機というテーマを扱って、推理小説を読ませるような迫真の出来栄えに仕上げている。
 本書の中心は、この時期にリーマンがどのように追い込まれていったかであるが、最後の最後に英国政府の出方次第では、同社の倒産は避けられたかもしれないこと、一方で破綻不可避と見られたAIGが救済されていった経緯、またメリル、モルガン・スタンレー等が破綻寸前で、ぎりぎりの生き残り策を画策した様子などが、よくここまで聞き出せたと思われるくらいに詳細に語られる。
 リーマンの倒産については、結局は自社がおかれた状況の正確な把握の遅れ、加えて一部の経営陣の能力不足により、抜本的な手を打てなかったこと、また財務長官のポールソンも投資銀行業界の問題を認識しつつも、やはりそれに対する抜本策採用に関する議会への働きかけが遅れた点が浮かび上がってくる。
 それにしても登場する金融機関トップ、政策担当者の専門的能力と働きぶりは凄(すさ)まじい。財務長官自ら金融に関する深い知見をもとに陣頭指揮に当たる姿は、我が国との対比で、感動的ですらある。しかし、金融危機はこうした専門家集団によって引き起こされたことも事実である。
 関連して、金融の専門家すべてが住宅価格バブルで踊ったわけではない点を明らかにしている良書に『愚者の黄金』(ジリアン・テット著、土方奈美訳、日本経済新聞出版社、09年刊)がある。本書は、今回の危機で相対的に被害の少なかったJPモルガンのリスク管理に関する詳細なルポである。同社は、企業向け融資のデリバティブ商品のパイオニアである。しかし、その開発に携わった同社の専門家チームは、住宅ローンの証券化商品は扱わないことを既に1990年代後半に決めていた。米国の戦後については全国的な住宅価格の値下がりという事態が起こっておらず、そうなった場合の住宅ローン商品の値動きを予想することもできない。わからないものは扱わないでおこうという判断であった。まさに正しいリスク管理であり、米国金融界の底力を侮るわけにはいかない。
 〈評〉植田和男(東京大学教授・経済学)
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 加賀山卓朗訳、早川書房・各2100円/Andrew Ross Sorkin 米紙ニューヨーク・タイムズ記者。金融と企業合併を専門とし、IBMによるパソコン事業のレノボへの売却などをスクープした。

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