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小さいおうち [著]中島京子著 

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2010年08月22日

[ジャンル]文芸

表紙画像


■時のギャップが生む幻のきらめき


 眠るように亡くなったおばあちゃんの帯の間から、お互い好きだったのに結ばれなかった青年の写真が出てきた、という話をきいたことがある。がーんとなってじーんとした。奇妙なことにその中には「羨(うらや)ましい」という気持ちが含まれていたようだ。何が羨ましいのか。私の方が、ずっと恵まれているのに。
 たぶん、恵まれているからこそ羨ましいのだ。現代を生きる我々は、お互いに好きならまあ大体結ばれてしまう。嬉(うれ)しいけど、その気持ちは時間と共に磨(す)り減ってゆく。だが、亡くなったおばあちゃんの気持ちは違う。彼への想(おも)いは死ぬまで変わらず、むしろ結晶化して時の流れに勝ったのだ。
 何でも選べて何度でもリセットできる世界の中で、私たちは純度の高い想いというものを失った。でも、じゃあ、不自由な昔に戻りたいのか、と云(い)われれば、もちろんお断りなんだけど。
 そんな私にとって『小さいおうち』は、たまらない物語だ。戦前を生きた一人の女中の目を通して語られる小さな家の歴史。そこに描かれた人々の声や動きの一つ一つに高純度の煌(きら)めきが宿っている、ようにみえる。
 〈わたしは思わずあらたまって、こんなことを言ったのを覚えている。
 「奥様、わたし、一生、この家を守ってまいります」〉
 或(ある)いは現実の昔には、そんな煌めきは無かったのかもしれない。でも、未来人の私の目にはありありと映るのだ。おそらくは、時のギャップが生み出した幻の煌めきは、それが幻だからこそ美しくみえるのだろう。
 戦前から戦中にわたる多くの資料を読み込んだ上で作り上げたであろう細部のリアリティーが、この最高純度の幻を支えている。加えて衝撃のラスト。主人公の死後、彼女の遺品の中から、結ばれなかった青年の写真などよりももっと意外でもっと切なくてもっと罪深い「想いの塊」が現れる。
 何でもできる自由な場所で、しかし、この世界からは確かに失われてしまった「想いの塊」を今味わえる、我々は幸運な読者だと思う。
 評・穂村弘(歌人)
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 文芸春秋・1660円/なかじま・きょうこ 64年生まれ。作家。本作品で直木賞受賞。

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