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宗教とは何か [著]テリー・イーグルトン 

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2010年08月08日

[ジャンル]人文

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■「神学」の復活、宗教批判を批判


 本書は、イギリスのマルクス主義者・文芸批評家として知られる著者が書いた宗教論である。著者はつぎのようにいう。《およそ似つかわしくない人たち(わたし自身もそのひとり)が、なぜ、突如として神について語るようになったのか?》。これは著者だけではない。これまでポストモダンな現代思想の下で黙殺されてきた「神学」が今や、流行の主題となっているのである。この背景には、宗教が政治的に重要な要素となってきた現実がある。
 宗教が「突如として」復活してきたのは、ソ連が崩壊し資本主義経済のグローバル化が進んだ1990年代である。すなわち、一方で社会主義の理念が消え、他方でナショナリズムも機能しなくなってからである。その結果、宗教はそれまで社会主義やナショナリズムが引き受けていた諸問題を引き受けるようになった。そのあらわれが宗教的原理主義である。それはイスラム教だけでなく、キリスト教・ヒンドゥー教などにもある。それに対して、英米で支配的となった論調は、リチャード・ドーキンスの『神は妄想である』のように、宗教を非科学的妄想として斥(しりぞ)けるものである。本書が何よりも標的とするのは、その種の宗教批判である。
 確かに、宗教によって現実的諸問題を解決することはできない。しかし、宗教的運動が、少なくとも世界資本主義の下にある悲惨な現実に根ざしているのに対して、宗教批判者らはまったくそれを無視している。というより、彼らの宗教批判は、グローバル資本主義に対抗する運動を抑圧するためにこそ必要なのである。かくして、著者はむしろ宗教を擁護する。そこには、宗教の中に、抑圧された者たちのため息(マルクス)がある、という消極的な理由だけではなく、もっと積極的な理由がある。それは、普遍宗教には、社会主義の核心となる倫理性が開示されているということだ。それを取りもどすことなしに、社会主義の再活性化はありえない。ゆえに、著者にとって、宗教の擁護とは社会主義の擁護にほかならないのである。
 評・柄谷行人(評論家)
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 大橋洋一ほか訳、青土社・2520円/Terry Eagleton 43年生まれ。英国の批評家。『文学とは何か』など。

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