書評・最新書評

「残夢整理—昭和の青春多田」 「落葉隻語 ことばのかたみ」 [著]多田富雄

[評者]辻篤子(本社論説委員)

[掲載]2010年08月08日

[ジャンル]文芸 科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■痛みの中で記す知の宇宙の営み


 いずれも、この4月に亡くなった免疫学者の遺作である。
 一言でいえばそうなるが、「免疫学者の」といってしまうことにはためらいを覚えずにいられない。その枠には収まらない、知的な探求を貫いた人生だったことが、著者の遺言ともいうべきこれらの著作からよくわかる。
 脳梗塞(こうそく)で右半身の自由を失い、さらには末期がんの転移で苦しみながら、パソコンで1文字1文字、振り絞るようにして新聞や雑誌などに書いた原稿をまとめたものだ。あとがきは亡くなる2カ月前、鎖骨の骨折による激痛の中で、記された。
 還暦目前の1993年に大佛賞を受けた『免疫の意味論』は、最先端の生物学の興奮を伝えつつ、自己とは何か、生命とは何か、という哲学的な問いに平易な言葉で答える、科学書を超えた科学書だった。
 脳死をめぐる議論を聞き、生命の全体性について発言しておくことが必要だと思った、とそのあとがきにある。縦書きの日本語を書くことが少ないので苦労した、ともある。
 生命のありようにこだわり続けた、その後の縦書きの世界での活躍は、多くの人が知るところだろう。生命や原爆をテーマにした新作能を手がけたことでも知られる。
 『残夢整理』で著者は、記憶の中に住み着いた、親しかった死者たちを回想する。それは鏡のように、著者自身の青春を映し出している。
 著者の詩心を刺激し続け、研究のアイデアの源泉となり、その死が「私の生きた半身をちぎり去った」のは、旧制中学の同級生だった「無名の天才画家」だ。
 ともにマラルメの詩を反芻(はんすう)し、その後便りが途絶えた同級生、読まれなかった遺書を残し、死よりも残酷な運命にさらされたいとこ、開業医になるはずの著者を免疫研究へと誘った恩師、医学生時代に感動して手紙を送り、以来生涯の友となった能楽師……。人が人をつくる。
 『落葉隻語』では、科学者として、文化人として、そしてまた、リハビリを頼みに著述活動を続けた障害者として、医療を中心にしたこの国のありかたへの危機感がつづられる。若い研究者を始め、次世代へのメッセージでもある。
 両書を通し、一級の科学者としての足跡も読みどころだ。科学はすばらしい人間の営みであり、そこに参加できたことは幸福だったと語る。
 一方で、新発見によって世界の免疫学界の中心に躍り出たものの、「それも10年足らず、学問のはやりすたりの周期はおよそ短い」と達観した目がある。
 多田さんの中では、科学も、文学も、そして能も、分かちがたく結びつき、そのすべてが生きることだったのだろう。文理融合などとわざわざいうまでもない。大きな知の宇宙がある。おそらくそれが、本来の学問の姿でもあるだろう。
 死者に思いを寄せる8月、静かにひもとけば、著者の深い思いがまっすぐに伝わってくるに違いない。
 評・辻篤子(本社論説委員)
   *
 『残夢整理』新潮社・1680円 『落葉隻語』青土社・1680円/ただ・とみお 1934~2010年。東京大学医学部教授などを歴任した免疫学の権威。能に造詣(ぞうけい)が深く、「原爆忌」など新作能を手がけた。

関連記事

ページトップへ戻る