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蕪村へのタイムトンネル [著]司修 

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2010年08月08日

[ジャンル]文芸

表紙画像


■俳人と「ぼく」の半生が重なる

 俳人の蕪村は摂津国生まれだが、20歳の頃江戸へ出るまでの経歴がよくわかっていない。
 戦前生まれの「ぼく」は、1975年、大井川河口に向かうが、何を間違ったのか焼津港に行き着く。蕪村の「みじか夜や二尺落(おち)ゆく大井川」という句にひかれたのか、蕪村の「知られざる時代」への関心が、彼が17から18歳半ばまでを過ごしたM市の記憶を喚起したのだろうか。
 焼津で不思議な人々と邂逅(かいこう)し、そこで突然、蕪村へのタイムトンネルがあんぐり口を開く。彼が17歳だった22年前、戦後の混乱がまだ続く1953年へと話はさかのぼって行く。
 M市には、少々癖があったり変わり者だったりする男女がうごめき、彼らにもまれながら「ぼく」は生きる。そこで、蕪村の出自の謎についての蘊蓄(うんちく)が繰り広げられ、「ぼく」と蕪村の半生がずれながら重なり合ってゆくあたりは、生半可な研究をしのぐスリリングさが感じられる。
 ビキニ水爆や戦後の生活など、辛(つら)い過去の話も飄々(ひょうひょう)とした語り口がかえって余韻を残す。各ページ冒頭に引用された蕪村の句と内容がリンクするのも巧みである。
 田中貴子(甲南大学教授)
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 朝日新聞出版・3990円

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