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反アート入門 [著]椹木野衣 

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2010年08月01日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■難解さなく、示唆に富む


 その昔、60年代に反芸術というアバンギャルドに接した者にとっては今日の「反アート」とどう違うんだと比較する時、芸術の本質はいつの時代にも現在の否定の上に立って明日をどう切り開いていくのかという永遠の課題に今のアート界が特別のものではないように思えるのだが、アート? ART? 美術? 芸術? 著者のいう「神が死んだ」後の芸術は確かに反芸術の時代のように芸術至上主義ではなく、近代芸術以前の神が生きていた時代とは世界が一変してしまったために「私」の普遍性なんて考える者は「誰もいません」というわけだ。
 ジャスパーやラウシェンバーグらの自己表現は今や古いのでしょうか? そこで自分が自分であろうとするなら外的現象に振り回されないで「反アート」に反旗を振りかざし、非先端的であろうとなかろうと自己の純粋絵画をつらぬくしかないのか。
 本書は多くの示唆に富んでおり、従来の難解な美術論の亡霊は姿を消し、素人でも明日からアート通になれます。われわれ実作者には挑戦に聞こえます。アンディ・ウォーホル的哲学に開示されたかつての理想郷も今や安住の地ではなく、中国の新世代のアーティストの「メチャクチャやってよい」という反歴史的、反制度的な暴走に刺激を受けた日本の新世代のアーティストの台頭も見え隠れする折、アートと経済を結合させたスーパーアートも世界を駆け巡るそんな百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の中を、誰ひとりわからないアートの未来に闇雲(やみくも)に突進するしかないのか。
 本書で語る著者の思考の足跡をひとつひとつ追いかけるには紙数に限界がある。本書の「最後の門」の章で著者は山を想(おも)い死の予感に導かれながら「芸術には『芸術の分際』があり、それを作り出した人間を超えることはない」と芸術を無際限に拡大評価するのは問題だ、とピシャリと押さえるべき所は押さえ、最後に「芸術は元来その人の生き死にと表裏だ」と結びながら、ヒョイと岡本太郎を登場させて、ニコリともしないでこの長時間に及ぶ「反アート」を締めくくる。
 評・横尾忠則(美術家)
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 幻冬舎・1890円/さわらぎ・のい 62年生まれ。美術批評家。著書に『戦争と万博』など。

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