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ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇(へん)・設計篇 [編]東浩紀、濱野智史編 

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2010年07月25日

[ジャンル]IT・コンピューター 社会

表紙画像


■総合知としてのメディア論決定版

 インターネットが日常的なものとなり、掲示板やブログ、あるいはSNSサービスなどが浸透しはじめたゼロ年代中盤は、新たなメディア論の勃興(ぼっこう)期でもあった。
 旧世代のメディア論は、メディアが個人の心を「内破」し変容させる未来を夢想した。しかし新しいメディア論は、メディアがいかに社会を変えるかを実証的に問う。
 本書は2004年から06年にかけて、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターで開催された研究会の議事録である。東浩紀ら、20代から30代の若手研究者が中心となり、多彩な分野から専門家を招いては、機知と熱気のこもった議論が展開されている。
 その膨大な記録は「倫理篇(へん)」と「設計篇」の2分冊にまとめられた。一冊あたり500頁(ページ)弱、しかも2段組みという情報量にまず圧倒されるが、司会を担当した東浩紀の見事な交通整理によって、啓蒙(けいもう)的でありながら読みやすい構成となっている。
 5年ほど前の議論でありながら、内容はまったく古さを感じさせない。むしろネットワークの可能性について、先鋭的なアイデアがいくつも先取りされていたことに驚かされる。
 鈴木謙介がネット上に勃興する自由至上主義や共同体主義について語り、白田秀彰が法学者の立場から価値観をいかにアーキテクチャとして設計しうるかを問う。北田暁大はネット上のリベラリズムとその核にあるアイロニーを検討し、高木浩光と辻大介は新たなプライバシー概念を洗練すべく、「匿名性」の問題を問い直す。
 ここで興味深いのは、どの議論もメディアの新たな可能性を検討しつつ、それぞれの専門領域のコンパクトな解説にもなっていることだ。
 そう、メディア論が明らかにするのは、変化の可能性ばかりではない。むしろメディアは顕微鏡のように、「人間」「コミュニケーション」「社会」などの本質をあらわにしてくれる。
 “総合知としてのメディア論”の決定版として、本書の座を脅かす本は当分現れそうにない。
 評・斎藤環(精神科医)
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 河出書房新社・各2940円/あずま・ひろき 71年生まれ。批評家。はまの・さとし 80年生まれ。批評家。

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