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全体主義 [著]エンツォ・トラヴェルソ 

[評者]

[掲載]2010年07月25日

[ジャンル]歴史 人文 新書

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■20世紀のイメージを要約した概念

 20世紀は「極端な時代」であった、と説いたのはエリック・ホブズボームである。科学・技術の進歩によって叶(かな)えられた目も眩(くら)むような豊かさと、戦争と殺戮(さつりく)の禍々(まがまが)しいほどの陰惨さ。一方の極にはアメリカニズムを代表するフォード車があり、他方の極にはアウシュビッツのガス室がある。わたしたちを今も当惑させるのは、なぜ科学・技術の進歩がナチズムのような「新しい野蛮」と結びつき、身の毛がよだつような大量殺戮をもたらしたのか、ということである。
 ここに「全体主義」という概念が浮かび上がってくる。なぜなら、この概念こそ、20世紀のイメージを最も要約しているからである。本書は、この「全体主義」という概念を歴史的な脈絡の中で辿(たど)りつつ、それが何を意味し、何を隠蔽(いんぺい)し、さらに何を歪曲(わいきょく)してきたのか、その変遷を明らかにする思想史的な試論である。
 本書は前半で、第1次世界大戦後に産声をあげた「全体主義」の概念が、ファシズムやナチズムに抗(あらが)う「反ファシズム」的な亡命知識人たちによって広く普及し、さらに左翼から「反スターリニズム」の狼煙(のろし)が上がってくる経緯を描き出す。後半では、冷戦以後、「全体主義」概念の中心がアメリカに移動し、「全体主義」が事実上、反共主義のマスターキーへと変貌(へんぼう)を遂げていく過程が抉(えぐ)り出されていく。やがてフランスや東欧で共産主義即(すなわ)ち「全体主義」という構図が定着し、そしてベルリンの壁崩壊とともに「全体主義」は西側の勝利を正当化する最もありふれた道具となっていくのである。
 この「全体主義」という概念が辿った数奇な運命をふり返りつつ、著者は「全体主義」を、唯一の党、絶対的独裁者、国家のイデオロギーといった「関連特徴」に還元することで、「全体主義」が実はナチズムとスターリニズムの起源、その社会的内容、そしてその展開と目的を完全に無視していることを暴き出すのだ。
 たいへんに刺激的かつ示唆に富む好著である。
 評・姜尚中(東京大学教授・政治思想史)
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 柱本元彦訳、平凡社新書・798円/Enzo Traverso 57年生まれ。ユダヤ問題を研究。『ユダヤ人とドイツ』。

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