書評・最新書評

ペンギン・ハイウェイ [著]森見登美彦 

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2010年07月18日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■未知なるものに分け入る少年

 郊外に住む小学4年生の「ぼく」は、まだ海を見たことがない。なのに、街には突然ペンギンが出没する。どうやら歯科医院の「お姉さん」がその現象にかかわっているらしい……。
 京都も大学生も出てこない本書は著者の「新境地」と評されているが、それは当たらない。著者の今までの小説は京都の実体を描いたわけではなく、著者の作り出した「世界」がたまたま京都だったにすぎないからだ。今回も、たとえモデルになる場所があったとしても、著者が郊外という「世界」を作り上げたのだといえよう。
 少年はその街で不思議な現象に遭遇し、その謎について研究する。それは、死、とか、世界の果て、といった未知なるものを探検することであり、彼の成長を瑞々(みずみず)しく、またせつなく語るエピソードとなっている。
 郊外には未開発の森が残っており、それがまず、少年の未知なるものとして登場する。この森はいずれ同じような住宅地になるのだろうが、まだ謎をはらむ場所として立ちはだかる。
 この「異界」としての森と住宅地の境界にある白いマンションに、少年の謎の最たるものである「お姉さん」が住んでいることは示唆的だ。『四畳半神話大系』にも歯科医院の「羽貫さん」という不思議な女性が出て来たが、「お姉さん」は未知なるものと既知なるものとをつなぐ存在なのだと思われる。
 整然と区画整理された郊外の街や、チェス盤、玩具のレゴのような四角い物のイメージが頻出するが、それは彼の日常世界の象徴である。ところが、彼の前には「お姉さん」の「おっぱい」に代表されるような丸い物(「海」や「幽霊の月」など)が次々と出現し、彼はそれによって未知なるものの存在に触れてゆくのである。
 印象に残ったのは、「お姉さん」がカンブリア紀の海辺で石を抱いている夢や、少年がその寝顔を眺める場面だ。著者が影響を受けたというスタニスワフ・レムの『ソラリスの陽(ひ)のもとに』に思いを馳(は)せた。
 ペンギン・ハイウェイ。それは、少年が大人になる道なのだ。
 評・田中貴子(甲南大学教授・日本文学)
     *
 角川書店・1680円/もりみ・とみひこ 79年生まれ。作家。『太陽の塔』『夜は短し歩けよ乙女』など。

関連記事

ページトップへ戻る