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日本人と参勤交代 [著]コンスタンチン・ヴァポリス 

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2010年07月18日

[ジャンル]歴史

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■地方と中央の相互交流

 参勤交代といえば、「下にい、下にい」というかけ声とともにゆっくりと進む壮麗な大名行列で知られているが、それは、たとえば土佐藩の場合、四国山脈の高地を越えるような、長い苦しい旅であった。また、移動の経費のみならず、江戸での滞在費用が莫大(ばくだい)で、ほとんどの藩が財政に苦しんだ。しかし、参勤交代にはそれ以上の意義がある。それは日本の社会を変容させたのである。
 中国の専制国家やヨーロッパの絶対王制においても、王権を確立するために王が地方を巡回したり、官僚を地方に移動させたり、貴族を宮廷に集めたりはする。しかし、王が移動せず、支配階層のみが定期的に大量に移動するという例はほかにない。そこで著者は、参勤交代という特異なシステムに、日本の近代国家形成に果たした歴史的意義を見ようとする。たとえば、参勤交代によって、全国各地から来た大勢の武士が江戸に滞在し、交流するようになった。また、中央の文化が地方に伝わるだけでなく、逆に、地方の産物や情報が中央に伝えられた。さらに、大名行列が立ち寄る京都・大坂、さらに、街道沿いの都市もまた発達した。このように、江戸を経由した中央と地方の相互交流によって、統一された「ナショナルな文化」が形成された、と著者はいうのである。
 徳川幕府が参勤交代制をはじめたとき、もちろん、そのような意図をもっていたわけではない。彼らがそれを強制したのは、封建諸侯の服従と忠誠をたえず確認し、また、彼らに経済的な負担を課して弱体化させるためであった。また、幕府は封建的基盤を脅かすような商品経済をつねに抑制しようとしていた。しかし、参勤交代は、そのための経費に苦しんだ諸藩をいっそう貨幣経済・商品生産に向かわせ、且(か)つ、それを通して大坂などの商人階級の力を強めた。すなわち、封建体制を永続させるための制度が、それ自身を解体させることに帰結したのである。これは、皮肉な歴史の「弁証法」を鮮やかに示す一例である。
 評・柄谷行人(評論家)
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 小島康敬、M・W・スティール監訳、柏書房・5040円/Constantine Vaporis 米国の学者。

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