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原節子 あるがままに生きて [著]貴田庄

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2010年07月18日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■光と美と活力をくれた大輪の花

 今回は書評というより感想文です。原節子の「美」は僕の中ではグレタ・ガルボを凌(しの)いでいますね。彼女を撮ったどの監督も彼女の比類ない美しさを認めています。関係ないけど、僕は自作の美的欠如を補う手段として画面のどこかにちょいと原節子を描き入れることがあるんです。すると途端に画面は生き返ったように美を取り戻します。
 原節子の魅力は一般的に「永遠の処女」とか「神秘の女優」という言葉に表されますが、それ以上に彼女の、評論家も太刀打ちできないほどの聡明(そうめい)さと透徹した観察力、そして妥協しないその生き方に僕は痺(しび)れます。
 著者は原節子のデビュー前の少女時代から映画界を引退するまで、出演映画を中心に彼女が女優として成長していく過程を編年体にじっくりと焦らずに眺めていきます。なんとも心地よい時間が流れています。そんな「あるがままに生きて」いく彼女の姿がそのままこの本の題名になっているように思います。
 原節子は自分の美貌(びぼう)を鼻にかけるような人ではなく、誰にも自然体で接し、職業柄当然と思われる野心や野望など、欲の一切ない本当に無心な性格の持ち主です。でも自分に合わない仕事はきっぱり断ります。かといって本人が言うほどわがままではないのです。彼女は美の女神だけではなく、運命の女神からも祝福されてみるみる日本の女優の頂点に立ってしまいます。
 彼女の美しさは戦後の荒廃した暗い世相の中に咲いた大輪の花のように天上から光を投げかけてくれ、敗戦で打ちのめされていた日本人の魂に美と活力を与えてくれたように思います。造形的に美しい人は他にもいましたが、彼女の美にはその内面から迸(ほとばし)る力があります。
 彼女の好きなものは読書と泣くこと、そしてビール、さらに怠けること。「風邪を引けばハナも出る。寝不足なら目ヤニも出る」という庶民感覚の持ち主で時には大きい口を開けて笑いもする。そんな原節子が「愛情を与える人がいない」という悲しみを抱いたまま、映画界を去って半世紀になろうとしています。原節子はいまいずこに?
 評・横尾忠則(美術家)
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 朝日文庫・714円/きだ・しょう 47年生まれ。映画評論家、工芸作家。『小津安二郎のまなざし』など。

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