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ナマコを歩く 現場から考える生物多様性と文化多様性 [著]赤嶺淳

[評者]平松洋子(エッセイスト)

[掲載]2010年07月11日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像


■ナマコから浮かぶアジアの歴史

 ちょうど二十年前、衝撃的な大作ルポルタージュが登場した。文化人類学、歴史学、生物学、民俗学、水産学……縦横に境界を超え、さらには神話の趣をも持ち合わせた。その本こそ鶴見良行著『ナマコの眼(め)』。のたりのたり海底を這(は)う不可思議な棘皮(きょくひ)動物に視座をもとめ、辺境から日本とアジアの歴史を実証的に捉(とら)えなおす方法論に圧倒的な独自性があった。一読して名著と感動した興奮は、いまもまったく色褪(あ)せない。
 本書は、その鶴見良行に学び、十三年間ナマコをテーマに選んで地域研究に携わってきた著者による。表題が目に飛びこんできた瞬間、わたしは『ナマコの眼』を継承する一冊であることを直感した。ナマコの眼差(まなざ)しを携え、海の民を主人公にして歩き、考える——それこそ鶴見良行のフィールドワークを貫いた主軸だったから。
 歩くのはフィリピンのマンシ島、日本の利尻、中国の大連、そして韓国、アメリカ。ナマコの生産・流通・消費の現場で、異なる歴史や経済、文化にナマコが奥深く関(かか)わっている事実を掘り起こしてゆく。
 そもそもナマコは定着性の動物でありながら、グローバルな役割を任じてきた。かつて乾燥ナマコを珍重した徳川幕府は、外貨獲得のために中国向けの重要な輸出製品として扱った。その中国では、清代に入ってナマコの調理法が発展し、多様な食文化が生みだされる。現在の大連ではナマコのサプリメントや栄養ドリンクまで開発されてナマコブームに沸いているが、それを支える背景には日本産の塩蔵ナマコの存在がある……歩きながら浮かんでくるのは、国境を超えた多重な地域関係、アジア史のダイナミクスだ。
 著者は、地球環境主義下でのナマコ保全の動きにも一石を投じている。生態系と人間の関係性への理解は、捕鯨をめぐる問題解決にも糸口を与える。なんとナマコはクジラにも通じているのだった!
 それにしても。ナマコの深みに嵌(はま)ったひとはつねに楽しそうなのだ。ナマコの妖(あや)しい魅力、いや魔力のせいなのか。
 〈評〉平松洋子(エッセイスト)
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 新泉社・2730円/あかみね・じゅん 67年生まれ。名古屋市立大准教授(東南アジア地域研究)。

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