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数の魔力 数秘術から量子論まで [著]ルドルフ・タシュナー

[評者]高村薫(作家)

[掲載]2010年07月11日

[ジャンル]科学・生物

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■世界を数に還元、人類知の魅力

 デューラーの魔方陣。ノートルダム大聖堂の黄金比。無限に続くオイラーの音格子。うつくしい図版とともに語られるのは、数が万物の存在を象徴していたピタゴラスの時代から、0と1の2進法がバーチャル世界を生み続ける現代まで、人間がいかに数に魅せられ、数を操り操られてきたかという物語である。象徴、音楽、時間、空間、論理、政治、物質、精神の八つについて、各々(おのおの)がいかに数で表され、もしくは表され得なかったかを覗(のぞ)き込むことは、それだけで壮大な人類史になる。
 たとえば、人類はバビロニアの時代から三辺の長さが特定の整数比になる直角三角形を知っていたが、それは3:4:5のような簡単なものだけではない。12709:13500:18541という比まで彼らは知っていたという。これだけでも、人間がいかに数に魅入られた生きものであるかが分かろうというものである。
 世界を数の抽象性に還元してゆく人間の思考のなかでも、圧巻の一つは、周波数比でつくられる音律の世界だろう。そこでは基音に対して2倍の周波数をもつ音を1オクターブとして、そこに含まれる全音程の数比を最小値1と最大値2の間で取ってゆくことになる。このとき、たとえば基音レに対して3倍の周波数をもつラを1オクターブ下げて3/2とし、5度をつくる。同様にラと5度をつくるミ、ミと5度をつくるシというふうに次々に音程を取ってゆくが、この5度をつくる3/2は12回掛けてやっと、2の7乗(=7オクターブ)に近似するだけだ。これがピアノの12鍵盤の基であるが、では調律はどうするのだろう。各半音の周波数比を、12乗して2になる値で見事に均(なら)した天才がいたのである。この値はもちろん無限小数になる。
 人類はやがて、同じようにして水素原子のスペクトル数を簡単な数比に還元し、そこからさらにボーアの原子モデルが発見されていったが、数を数える行為の限界のなさは、無限小数の捉(とら)えがたい不透明さと呼応して、人間を生命に立ち返らせるのだと著者は言う。どきどきするほど魅惑的な一冊である。
 〈評〉高村薫(作家)
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 鈴木直訳、岩波書店・2940円/Rudolf Taschner 53年生まれ。ウィーン工科大教授。

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