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西洋中世奇譚集成 聖パトリックの煉獄 [著]修道士マルクス/修道士ヘンリクス

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2010年07月11日

[ジャンル]歴史 医学・福祉

表紙画像


■死の壁の向こう側との交信

 一時、臨死体験者の記録を集めた本やテレビが流行(はや)った時期があったが、その大半は死の壁を前にして引き返してきた話ばかりで壁の向こう側の境域に足を踏み入れた者の証言はエマニエル・スウェデンボルグに代表されるごく少数の者しかいないが、本書に登場する2人の騎士は生きながらに死者と同様の体験をして、無事霊体が肉体に帰還した後、世にも不思議な幻視譚を語り始めた。
 この数奇な体験を幻想ととらえるのも真実と認めるのも読者に委ねるとして、ここで訳者の言葉に耳を傾けよう。
 「異界(Otherworld)への想像力——近代人は、この能力を理性(レゾン)の美名のもとに抑圧し、オカルティズムやエゾテリスムの範疇(はんちゅう)に封じ込め」てしまったことで「人間精神の本質」の解明を回避していることを指摘しつつも異界に惹(ひ)かれる現代人の感性に訳者は希望をうしなってはいない。
 本書は12世紀に書かれた「トゥヌクダルスの幻視」と「聖パトリキウスの煉獄譚」の2編からなるが、前者の主人公トゥヌクダルスは食事中突然倒れ、三日三晩意識不明になり、その間幽体離脱をして幻視した出来事を物語った。その全記録である。
 肉体を離脱した魂はダンテの「神曲」のヴィルジリオ同様、天使の守護を得て、死後世界の地獄、煉獄を案内され、現世の罪に従った拷問を受ける魂たちの恐ろしくも悲惨な苦しみを目撃させられると同時に彼自らも体験させられる。この凄惨(せいさん)な光景はボッスの「最後の審判」の絵画の再現だ! 後に男の魂は天国に導かれるが、私の眼(め)には天国の美に比べれば地獄の光景の方がずっと想像的で芸術的に思えるのだった。
 死後生を否定する者にとっては地獄も天国も非存在であるために、悲惨な光景も文学的な興味でしか認識できないかもしれないが、実際、西洋中世では、日常的に死者との交信を通して日々の生活の中に、生死の境を超えて魂の次元で、向こうと往来しながら永遠の時間の中で自らの人生を位置づけていたのだった。
 評・横尾忠則(美術家)
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 千葉敏之訳、講談社学術文庫・882円/2編ともに12世紀半ば、中世ラテン語で書かれた。

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