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大正期の家族問題 自由と抑圧に生きた人びと [著]湯沢雍彦

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2010年07月04日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像


■女性の暮らしなどから変化を読む

 「家族に関係するあらゆる出来事」を大正時代に限って俯瞰(ふかん)してみようというのが本書の狙いだ。目次は魅力的である。新聞家庭相談、自由恋愛、下層家族、家族紛争、新中間層の女性、新しい家族など9ページにわたって章から中見出しまで網羅している。このテーマに関心をもつ人たちには入門書としての意味をもっているように思う。
 著者は直接には言及していないのだが、この期には明らかに「市民」としての自覚をもつ知識層や新中間層が存在する半面、家族共同体に依拠しつつ生活者としての日々を送る層とに分類されるとの前提があり、それぞれの家庭にどのような問題が内在していたかを提示している。ときに具体的な人名で、そのケースを基にして論じるために、著者の考え方はよくわかる。岡本一平の家庭がもつ「対等と自由の空気」、柳原白蓮(びゃくれん)と宮崎竜介の恋愛が意味する「大正自由主義」、長男の心中事件に困惑して公職から退こうとする北里柴三郎にみる家制度の健在ぶりなどはその例である。
 新聞の家庭相談を吟味しながら、答えを返す側(当初は記者が担当)の思考や発想が変化していく様や、借地・借家をめぐる背景に大正成り金による買い占め、職業(電話交換手など)をもつ女性たちの意識の変容、さらには給与生活者の登場による主婦の存在(有閑夫人や女房とは別の概念)など改めてこの時代の変化を読みとれる。結婚についても足入れ婚の常態化、そして離婚の形式の変化、非嫡出子に寛容であることなど、私たちの国は意外に抑圧の裏側には逃げ道をつくっていることも理解できてくる。
 農家の嫁の苦労も紹介しつつ、妊娠、出産により嫁の「地位がかなり安定」するとの見方も示している。さらに意外なことに大正時代は「老人権承認の時代」であり、老人が経済的生活を要求するのは当然の権利といい、これは今日に生かされるべきだと示唆している。
 一読したあとに、「市民」の芽はなぜ潰(つぶ)されたのか、昭和が「臣民」の時代になった理由を思わず自問したくなる。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 ミネルヴァ書房・3675円/ゆざわ・やすひこ 30年生まれ。お茶の水女子大学名誉教授。

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