書評・最新書評

お父やんとオジさん [著]伊集院静

[評者]

[掲載]2010年07月04日

[ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■家族の強い絆と愛、猪突猛進する父親

 凜(りん)としてやさしく、それでいて哀愁を宿している、そんな伊集院さんの作品をわたしは愛読してきた。金胤奎(キムユンキュ)でもあった立原正秋の作風と佇(たたず)まいに伊集院文学を重ね合わせていたからかもしれない。
 でも、この作品を読めば、わたしの見当がかなり外れていたことがわかる。舞台は朝鮮戦争さなかの日本と朝鮮半島。単身海を越えて戦場に乗り込み、義弟を救い出すために孤軍奮闘する主人公の宗次郎から立ち上ってくる「侠気(おとこぎ)」は、立原文学にはないからだ。作者の「お父やん」である宗次郎のセリフが実にかっこいい。「(韓国へは)潮の加減が良けりゃ一晩で行けるぞ。国境? そんなもんが海の上にあるものか。わしは一度も見たことがないぞ」
 物語は、そんな父親の宗次郎の命がけの救出劇を、彼に影のように仕えた「シミゲンさん」が、宗次郎の長男・直治(ただはる)にしみじみと語って聞かせる形で始まる。作者の伊集院さんをモデルにした直治を「若」と呼ぶこのシミゲンさんは「人生劇場」に登場する吉良常の風情があり、直治は青成瓢吉を彷彿(ほうふつ)とさせる。
 太平洋戦争の終戦後も日本に残り、海運業で財をなした宗次郎(尹宗来)は、苛酷(かこく)な人生を生き抜いてきた。寡黙で、決断力に富み、どんな艱難(かんなん)辛苦にも弱音を吐かない、飛車角のような任侠(にんきょう)の男なのだ。そんな宗次郎は、要子への一途な思いの末、彼女を娶(めと)る。そして彼女は立て続けに三女をもうけ、やがて宗次郎念願の男の子、直治を宿す。男系中心の家族の強い絆(きずな)が、母・要子のやさしい佇まいを通じて水彩画のような印象を作品に加える。
 だが悲劇が家族を襲う。敗戦後の混乱と日本への失望から韓国に帰還した要子の父母と弟の吾郎に、凄絶(せいぜつ)な内戦の惨禍が降りかかってくるのだ。とりわけ一途で真正直な吾郎は、南北統一と民族解放を唱える北朝鮮軍に加わり、やがて大義も同胞愛もない、苛酷な戦場の現実を知らしめられる。命からがら難を逃れ、穴蔵で一年以上も潜伏する羽目になる吾郎。可愛い弟の身を案じる要子の心中を察し、宗次郎は無謀にも義弟の救出に乗り出すことになる。
 戦火をものともせず、猪突猛進(ちょとつもうしん)する宗次郎。何がそこまで宗次郎を駆り立てるのか。「私には難しいことはわかりません。……しかし共産主義よりも民主主義よりも大切なのは家族じゃないんですか」。この言葉に宗次郎の、そして作者の思いが託されている。人は生きるために生まれてきたのだ。生きていれば、希望がある。この祈りにも似た言葉に、本作のすべてが凝縮されている。
 家父長的な独裁者のように振る舞ってきた父親に反発し、一度は東京に「出奔」した直治が、シミゲンさんを通じて父の隠された「真実」を知る。それは、作者の伊集院さんと亡き父親との和解を暗示している。この作品は、朝鮮戦争の年に生まれ、還暦を迎えた作者の新たな出発を飾る記念碑的な作品になるに違いない。
 〈評〉姜尚中(東京大学教授・政治思想史)
   *
 講談社・1995円/いじゅういん・しずか 50年生まれ。81年作家デビュー。『乳房』で吉川英治文学新人賞。『受け月』で直木賞。『機関車先生』で柴田錬三郎賞、『ごろごろ』で吉川英治文学賞。近著に『志賀越みち』など。

関連記事

ページトップへ戻る