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そんな日の雨傘に [著]ヴィルヘルム・ゲナツィーノ 

[評者]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

[掲載]2010年07月04日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■居場所がない男

 「箱男」ならぬ「靴男」の登場である。彼は「自分に存在許可を出した覚えがない」と戸惑い、〈消えたい病〉を患っている——安部公房の箱男はある日突然、段ボールの中に入って匿名の存在になったが、ゲナツィーノの靴男は生活に困って他人の靴をはく無名の人だ。高級靴を試し履きして賃金をもらうのが彼の仕事である。
 居場所がない。最近恋人にも棄(す)てられた靴男は、箱男同様ほとんど視線だけになって街をさまよう。本書は、その男の目にとまった「面妖な」極細部(バッグから落ちた二本の綿棒、シャツを干す女の腕、赤ん坊のよだれ……)と彼のとりとめのないモノローグから成る、面妖な本である。フラヌール(遊歩者)といえば風雅だが、実存主義的な苦悩をかかえる彼の思索は、やたら重々しく且(か)つまたどこまでも滑稽(こっけい)だ(死ぬ時には「臨終コンパニオン」すなわち好きなだけ裸の胸を触らせてくれる美女二名の介添えを希望)。
 彼の行く先には、唾(つば)をはく若者がいる。昔の恋人がいる。流し目を送ってくる美容師がいる。金を貸したまま絶縁したエセ写真家がいる。靴男は哀(かな)しい過去を思いださないようひたすら世界の些事(さじ)を見つめ、些末(さまつ)な想念に耽(ふけ)るが、何かにつけ女たちのことや子ども時代の光景が甦(よみがえ)ってしまう。世の中への強烈で純粋な違和感と観察は、少女の目から見たおかしな世界を描くレイモン・クノーの『地下鉄のザジ』を彷彿(ほうふつ)とさせた。
 作者は六十代まで無名だったが、あるテレビ番組で紹介され大ブレーク。これは「文学教皇」の異名をとる批評家が、眼鏡にかなった本は熱烈に推し、駄作と判じた本は容赦なく「破門」にして文学の地獄に放りこむという批評番組で、視聴者の絶大な支持を得ていた。
 題名は、文中の「自分の人生が、長い長い雨の一日のようで、自分の身体が、そんな日の雨傘のようにしか感じられない」という行(くだり)から。辛辣(しんらつ)だが、最後には思いがけない展開が温かみを添える。作者は風変わりな靴男を普遍のエブリマンとして描くことに成功した。
 評・鴻巣友季子(翻訳家)
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 鈴木仁子訳、白水社・2100円/Wilhelm Genazino 43年生まれ。ドイツの作家。

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