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「平凡」物語 めざせ! 百万部 [著]塩澤幸登

[評者]四ノ原恒憲(朝日新聞記者)

[掲載]2010年07月04日

[ジャンル]歴史 アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像


 ■戦後の新しい価値に添った軌跡

 歌謡曲や邦画のスター、アイドルの情報が満載だった月刊雑誌「平凡」。そのタイトルを耳にすると、懐かしさと共に、なぜか美空ひばりを連想してしまう。片や、一時140万部を誇った雑誌界の王者、片や若くして国民的人気歌手だった。にもかかわらず、共にインテリ、エリートには、無視されがちな存在だった記憶があるからだ。
 同誌編集部にも所属した著者により、敗戦直後の「平凡」創刊に至る事情から、1950年代前半の第1期の黄金時代までの軌跡を中心にたどる本書は、どこかその“蔑視(べっし)”への異議申し立てのようにも読める。
 主人公は、雑誌の創刊を思い立ち、凡人社を設立、主に経営を受け持った岩堀喜之助と、彼の呼びかけに応じて編集を仕切った清水達夫。ジャーナリズム志向も強い岩堀。文学者志望の清水。肌合いが違い、また雑誌づくりの素人コンビだからこそ新しいことができた。
 ひばりを代表とする世代交代の先頭に立とうとするスターを正面から扱う。男女交際の“自由化”を背景に、性教育小説「乙女の性典」を連載……。一見、通俗の極に見えるところが、インテリに嫌われた一因だろう。が、平凡な人々の夢と生活に戦後の新しい価値を見いだし、寄り添って何が悪い。それが、成功への鍵だった。
 後に名編集長と謳(うた)われる清水のず抜けた嗅覚(きゅうかく)でもあった。が、岩堀の「思想」も、大きな影を落としている、と著者はみる。それは、軍属時代に中国で学んだ、労働者、農民の自治的な共同体を基礎に平和な理想郷を目指す「合作社」の構想だ。
 実際、岩堀は社員を同人と呼び、運営は共同体的な平等主義。読者の中心だった農村部から都市に大量に就職してきた孤独な若者同士のつながりとなった自主的な「平凡友の会」を強力に後押しする。地方に出向き、中・高卒の社員を採る。
 その後、社名は平凡出版と変わり長い道のりを経て、87年秋に休刊する。「平凡な生き方」を人々が忘れ、バブルに踊った時代だった。社名もマガジンハウスと変わっていた。
 評・四ノ原恒憲(本社編集委員)
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 河出書房新社・3150円/しおざわ・ゆきと 47年生まれ。作家・編集者。『平凡パンチの時代』など。

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