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ホームズ聖地巡礼の旅 [著]平賀三郎

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2010年06月27日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■事件の現場訪れ楽しむ大人の遊び

 ニッポンへ行ってきただろうって? あのそそっかしいメードはクビにしたのに、君はなぜそんなことがわかるんだい。観察しただけだって? そう、君はいつでも「見る」のではなく、「観察」するんだったね。
 我が大英帝国でもニッポンの文物は大流行で、君もあの「グロリア・スコット号事件」でトリヴァ老人が日本のタンスを持っていたのを覚えているだろう。そのニッポンでは、シャーロキアンといって、君の活躍をぼくが記録したものがさかんに研究されているそうだよ。1951年から翌年にかけて、ミスター延原謙が初めて全60編を日本語訳し、欧米が中心だった研究がニッポンにも波及したのだ。
 そういえば、ニッポンのシャーロキアンが書いたおもしろい本を見つけたよ。君が関与した事件の場所を「聖地」と呼んで、その一つであるウィンチェスターで起こった事件現場を訪れたものだ。ほら、一般に「ぶな屋敷」「ソア橋事件」「白銀号事件」として知られている、三つの事件だよ。
 本書によると、伝統的なシャーロキアンとは、君をヴィクトリア朝の英国に実在した人物として、事件現場の地理や人物研究をゲーム感覚で楽しむ研究者のことだ。アマチュア研究者の最たるものだが、それだけに諸説紛々たるものがあり、結果より研究過程そのものが喜びとなる、いわば大人の高等な遊びだね。これは悪口じゃないよ。
 それに、最近じゃヴィクトリア朝の社会・文化史研究などに君の記録が使われて成果があがっているというね。本書の著者はそうしたプロの研究者ではないけれど、初心者でも十分楽しめるシャーロキアンの入門書として読むことができるだろう。
 図版が多いし、イギリス紀行の感覚も味わえる。文章や表現にやや深みが欠けるのはしょうがないが、ただ、現代のイギリスの地図があればニッポン人はもっとよく理解できたろうね。それに、トリックを知っていることが前提だから、いわゆる「ネタバレ」には要注意だ。
 創元推理文庫では新訳が出始めた。読書のお供に最適だね。
 評・田中貴子(甲南大学教授・日本文学)
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 青弓社・1680円/ひらが・さぶろう 1938年生まれ。『シャーロック・ホームズ学への招待』など。

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