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サッカーが勝ち取った自由ーアパルトヘイトと闘った刑務所の男たち [著]チャック・コール、マービン・クローズ著

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2010年06月20日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝 国際

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■民主化精神を獲得、国家の礎に

 南アフリカ・ケープタウンの沖に浮かぶロベン島。ここはかつて島全体がマンデラ元大統領らの政治犯を収容する刑務所だった。アパルトヘイトに反対する活動家が激しい拷問を受け、苦役を強いられた「悪夢の島」だったのだ。
 2007年7月18日。
 この刑務所跡に、スーツを着た一団の姿があった。
 「サッカーの神様」ペレ、カメルーン代表サミュエル・エトー、元オランダ代表ルート・フリット、「リベリアの怪人」ジョージ・ウェア。
 彼らはマンデラの89歳の誕生日を祝い、シュートを放った。
 そして、そんなスーパースターと共にゴールを蹴(け)り込んだ人たちがいた。彼らは元囚人。政治犯として収監中に受刑者のサッカーリーグを設立し、釈放後、その経験を生かして南アフリカのリーダーとなった。
 本書は、1960年代以降、ロベン島刑務所でサッカーリーグが立ち上げられ、受刑者たちが民主的組織運営のノウハウと人間としての尊厳を獲得していったプロセスを描いている。
 厳しい監視下で、勉学や遊びの機会を徹底的に奪われた受刑者たちは、シャツ数枚を丸めてボールを作り、刑務官の目を盗んでサッカーのミニゲームをはじめた。このゲームは、希望を失っていた「政治犯」たちに、政治運動と同様の達成感と解放感を与えた。そして次第に彼らは、本物のボールで公式ルールにのっとったゲームを行いたいと思うようになった。
 彼らは刑務官との粘り強い交渉の末、サッカーリーグ発足にこぎつけた。彼らは、その中でコミュニティーを一つにまとめ、意見の相違を乗り越えて合意形成する能力を身につける。
 94年、マンデラが大統領に就任し、アパルトヘイトは撤廃された。一方、政治犯たちがサッカーを通じて民主化の精神を獲得し、新しい国家の礎となっていったプロセスはほとんど知られていない。
 ワールドカップに沸き立つ南アフリカ。本書を読みながら、テレビの中継映像を見ていると胸が熱くなった。
 評・中島岳志(北海道大学准教授・アジア政治)
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 実川元子訳、白水社・2100円/Chuck Korr 歴史学者。Marvin Close 脚本家。

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