書評・最新書評

ポジティブ病の国、アメリカ [著]バーバラ・エーレンライク

[評者]久保文明(東京大学教授)

[掲載]2010年06月13日

[ジャンル]社会 国際

表紙画像

■サブプライム被害でも「前向きに」

 ポジティブな考え方をすること(positive thinking)がアメリカ全体を蝕(むしば)んでいると本書は警告を発する。アメリカ人にとって、ポジティブであることはもはやイデオロギーの一部である。これは、前向き、積極的に、そしてよい側面のみを見ようとする考え方、すなわち楽観主義とともに、そう考えるように訓練することも意味している。後者においては、ポジティブな思考はポジティブな結果をもたらすことも強調される。ポジティブ思考を売り込む本・セミナーそして学問(たとえば「ポジティブ心理学」)が人気となり、一つの産業にまで成長している。他方で著者は、こうした思考が、経営者の行きすぎや経済の破綻(はたん)を覆い隠すことにも貢献していると述べる。
 翻って考えてみると、アメリカは元来悲観主義の極致ともいえる謹厳なカルヴァン主義によって支配されていた。そこでは、救われているかどうかは神によって一方的に決められると信じられた。
 こうした歴史を念頭に置くと、興味深いのは、宗教の世界にもポジティブ思考を奨励する動きが目立ってきたことである。牧師自らが、信仰でなく、自分がポジティブな態度をとるかどうかが人生を決めると説く。あるテレビ伝道師によると「神はポジティブ」なのだ!
 ジョエル・オスティーンらが率いるメガチャーチにこの傾向は顕著である。そこでは、神はスピード違反をした時に罰金を払わずにすむよう取り計らってくれる程度の脇役に押しやられている。そして彼らはサブプライム問題の被害者に、自らを被害者と考えないように説く。
 やや誇張と思われる議論や事例がないわけではないが、興味深いアメリカ論となっている。そして、自分はこの種の講演会に大金を払いたくないものだと強く感ずる。
 ところで、日本はどうであろう。アメリカと比べると明らかに悲観的な国民であろうか。しかし、少子化時代の到来や年金破綻がわかっていても、本格的な対策はとられない。次は誰か日本について説明して欲しい。
 評・久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)
    *
 中島由華訳、河出書房新社・1890円/Barbara Ehrenreich 41年生まれ。著書に『「中流」という階級』。

関連記事

ページトップへ戻る