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哲学者とオオカミー愛・死・幸福についてのレッスン [著]マーク・ローランズ

[評者]石川直樹(写真家・作家)

[掲載]2010年06月06日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■11年間、共に暮らして学んだこと

 著者のマーク・ローランズは、SF映画を題材にした『哲学の冒険』という作品を日本で上梓(じょうし)している。そのときから彼の主題になっていたのは「他者との遭遇」であった。ロボットやモンスターなどといった異質なものとの出会いを通して自分自身を見つめること、そうした哲学への姿勢は、本書ではオオカミとの生活というより具体的なストーリーによって深化している。
 著者は生後6週間のオオカミを買い取ってブレニンと名付け、その後11年間にわたって共に暮らした。彼は本当にブレニンをどこへ行くにも一緒に連れていった。愛犬家のそれのような主従関係とは異なり、時にはブレニンが弟になり兄にもなるような不思議な間柄である。
 著者の語り口は努めて冷静で、陰謀や騙(だま)しをはじめとする人間の邪悪性を、オオカミとの対比からあぶり出していく。かといって、オオカミを礼賛し、人間を貶(おとし)めるような単純な物語ではない。動物を擬人化することなく、哲学者らしい示唆に富んだ眼差(まなざ)しでその生態を見つめる一方で、そこに自分自身を相対化させていく。「一頭のオオカミから学んだことは宗教のアンチテーゼだった」とまで彼に言わしめる考察は、従来の人間観を覆すほどの強度をもって読者に迫ってくる。
 宗教は常に希望に訴える。しかし、人生で一番大切なのは、希望が失われた後に残る自分であり、運が尽きたときに自分がどのような人物であるか、だという。人生をオオカミの冷たさをもって生きること、それがいかなることかは、本書を最後まで読めばわかるだろう。
 読み始めた当初は、孤高のイメージが強いオオカミの野性といかに人間がつきあっていくのかを見守るようにページをめくっていたが、いつしかそんな客観的な態度は横に置き、自分自身の話としてあらゆるエピソードが胸に突き刺さってきた。「人生とその意義についてわたしが知っていることの多くはブレニンから学んだ」と言い切る著者の言に、偽りは露ほどもない。
 評・石川直樹(写真家・作家)
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 今泉みね子訳、白水社・2520円/Mark Rowlands 哲学者。『哲学の冒険』ほか。

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