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夜と灯りと [著]クレメンス・マイヤー 

[評者]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

[掲載]2010年06月06日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■暗いなかに残る生のぬくもり

 「彼が街灯りをどんな風に眺めるか教えてくれたらどんな人間かあててみせよう」とホームズが言ったかどうか知らないが、人間が灯りを見つめる姿は、その人の暮らしや生きてきた道のりを冗舌に語る。そんな風に思わせるのが、本短編集だ。
 作者は旧東ドイツ生まれ。本書に出てくるのは、失業者、囚人、元ボクサー、風俗に入れこんで破滅するサラリーマンと、いわゆる負け組の人々。給付金の打ち切りにあい、ホラを吹き、美人局(つつもたせ)をやり、街を去る。電気の止まった暗い部屋で街灯を見つめる老女。夜、眩(まばゆ)いショーウインドーを覗(のぞ)きこむ女を見つめる男。昼間も点(つ)きっぱなしの街灯に苛立(いらだ)ち銃を構える男。警官に連行されしな窓灯りに恋人の裸を見つめる男……。
 灯りの輪の中にストーリーが浮かびあがっては消える。ふっと幻影が入りこみ、話し相手が急に入れ替わって別な場面に飛び、別な回想が始まったと思うと、不意にまた違う時間に移る。暗い話ばかりだが、灯りを見つめる目は悲愴(ひそう)感をかわす。そして、生きている限り拭(ぬぐ)い去れない体温のようなぬくみが読後かすかに残るのだ。
 鴻巣友季子(翻訳家)
     *
 杵渕博樹訳、新潮社・1995円

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